ブログアクセスが異常に高くなっているので、どこからのアクセスなのか確認してみると「物々交換 テレビ」と言うキーワードからの検索から大量のアクセスがなぜか届いてきていた。

確かに、昨年、ほぼ毎月のようにテレビ取材、雑誌取材、新聞取材などが続いてNHKでは、170ヶ国に翻訳されて放映されるというおまけやコレコーレの社長の片桐健二を中心に取り上げた別のNHK番組では、最初名古屋のローカル扱いのNHKであったにも拘らず、その後全国放送として扱われるようになり、再放送枠までに取り上げて頂いた事で多くの方からの反響で片桐社長の昔の交友関係者の著名人が次々と来店してくれるなどの反響もあり、マスコミの力を存分に体験した年でもあった。


ようやくテレビの反響が静になりかけていた矢先に「物々交換 テレビ」のアクセスが異常に高まったのか不思議な感じであった。

昨年12月までは本当に取材や放映が多く、18ヶ月ぶりに取材の問い合わせやオンエアーなどの話が途切れ、今月は久しぶりにマスコミ的には、静かな月をすごせそうで、この機会に店作りで取材的な理由で手付かずであったスペースの空間の大幅な改良を計画する事になった矢先の検索結果の反響変化であった。


なぜ、このような反響変化に関心を持つかというと、今までこのような変化が理由もなく起きてくると必ずというくらいその後にマスコミから取材の問い合わせの電話が入る傾向があったからである。

さて、このまま改良計画を進められるのか?

再び取材対応の為に延期しなければならないような電話が掛かってくるのか、数日待たないと結果はわかりそうも無いが改良計画が始まると、到底、取材協力は困難状況になりそうである。

昨年のコレコーレ10大ニュース

1、お客様の中の有名人を除いて、取材のために来店して物々交換を体験して頂くことができた有名人の方々がついに20名を超える状況になった。

 

体験して頂いた方々。

金田哲(はんにゃ)川島章良(はんにゃ)小杉竜一(ブラックマヨネーズ)吉田敬(ブラックマヨネーズ坂東英治(タレント)金子貴俊(タレント)熊田曜子(タレント)石田靖(吉本興業)谷田部俊(我が家)杉山裕之(我が家)坪倉由幸(我が家)佐藤満春(どきどきキャンプ)岸 学(どきどきキャンプ)中村豪(やるせなす)ギャル曾根(フードファイター・タレント)コカドケンタロウ(ロッチ)・中岡創一(ロッチ)など)ひとみちゃん(芸人)石田安奈(SKE48)赤枝里里奈(SKE48)澤朋宏(アナウンサー)天野良春(キャスター)石井亮次(アナウンサー)野田英里(アナウンサー)etc

 

 

2、再編集されたコレコーレ店の取材がなんと!全世界170カ国に翻訳して放送されて海外からも電話が入るような反響が起きる。

 

3、コレコーレの社長の片桐健二をメイン扱う取材が、全国放送で何度か再放送されたことで思わぬ旧知の人脈が復活し、多くの著名人がコレコーレにお越し頂けた。

 

4、各テレビに限らず各ラジオ、ファッション誌、雑誌の特集記事が連続して掲載されるようになってきた。

 

5、芸人など面白み露出の傾向から、シリアスに物々交換を取り上げるマスコミが増え出すきっかけとして、各ラジオ局からの取材内容が経済関係者から取り上げられるように変化し始め出すことで客層の変化が起き出してくる。

 

6、日経新聞の大きな取り扱い方が、NHK総合テレビなどでも取り上げられるようになり、信じ難い大物コレクターからの商品出品が相次ぎ出し、コレコーレの品揃えが飛躍的に高品質な状況になる。

 

7、愛地球博で大成功となった「古代紫ファションショー」を上海万博でも開催して欲しいとの依頼が入るが毎月のように連続する取材と放映の反響への対応で多忙な状況が続き、今回は片桐健二がディレクターとして参加することを断念する。

 

 

8、153広場店を店じまいし、テレビ塔直近に移転する計画により、7年間営業してきた支店を閉店する。

 

9、153広場の店長が結婚の意志を固め、

移転先店舗への影響を考慮して、店じまいと共に寿退社することが決まる、

また寿退社を記念にスタッフで思い出旅行に急遽出向き浅間神社と、

ゴージャス な宿泊旅行へ出かける。

 

 

10、 本店が泥棒に入られ、わずかの差で逃げられる。その夜、剣道3段の芸人のひとみちゃんがガードマンを兼ねて本店の茶室に宿泊する。

今年の10大ニュースはどのような内容になる1年なんだろう。


「名古屋で初めて体験した静寂かも!」というほどに

とても静で‥

ごく稀にチェーンをした車が忘れ頃に走るだけで、


あとは全ての音を雪が掻き消すように静寂の世界へと引き込んでいく。

 

コレコーレのスタッフには、少しだけこだわっている事がある。


それが、店の前の道路の雪や街路樹の落葉をどこよりも早く


綺麗にしておくことである。

 

昨日の雪は、午後から大変な雪になってきた。

 

早速、雪と雪掻きの競争が一日繰り返された。

 

先程、雪がやんだようなので、朝の出勤者の足元から凍結を回避するために、


私がこっそりと最後の雪掻きを夜の静寂を破らない様に、


細心の注意で行なっていると‥、


反対側の道では早くも転倒者が出始めたり、


スリップした車が立ち往生し始めて、


その助けをしている内に、ずいぶんと時間の掛かる雪掻きになってしまった。

 

それでも、途中からあまりにきりが無いような雪の降りように、


世界最古の秘密兵器を使っての雪溶かしが功を奏して店の前は、


すっかり綺麗になった。

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少なくとも店の前の転倒者は、ゼロに出来そうである。

 

昨日は、名古屋には、珍事のような記録的な雪が降りだしたが‥、


最初はまさかここまでの勢いのある雪になるとは考えておらず、


気楽に考えていた。


いつもの日曜日の朝にように、野菜の物々交換が始まり出しました。

 

パラパラとチラつきだす雪と寒さしのぎになればと‥、


ストーブと炭火で暖と焼餅の差入れをしようと、


朝から店の前で野菜の販売に来て頂いている若いスタッフの差入れに、


備長炭の木炭で焼き始めましたが、驚くほど火がつかない、


おそらくは多少舞い込んでくる雪の影響もあったのかもしれないが


とても時間が掛かってしまった。

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結局、主にコンロ式のストーブで焼いた焼餅を食べる事になったが、


午後から大変な雪になりだして、そこからは、雪掻きと雪降りの戦い状態であった。

 

21時閉店まで雪は降り続け、なおも止みそうも無い状態のまま帰ったのだが、


深夜になってようやく雪が止んだようなので、


最後の雪掻きを終えたところであった。


世界最古の凍結回避の兵器は、実はクロアチアの塩である。


クロアチア舘の万博テーマは、「ひとつ粒の塩と一滴の水」であった。


閉幕後にクロアチア舘から使用しなかった塩の販売代行を


コレコーレが請け負っていた。


その際、舘の会場の床一面に、演出として蒔いてあった塩も引き取っていた。


使用済みの塩は、そのまま使わずじまいだったが、


今回の大雪で大活躍してくれたのであった。

大雪が万博の思い出も一緒に運んできてくれたようである。

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コレコーレ本店から歩いて行ける位の距離に浅田真央ちゃんの実家があることから、私だけでなく熱狂的な真央ちゃんファンが多い場所に店がある。

 

当然、同級生だったお子さんからのいろいろな話や、家がすぐ近所と言う人からの井戸端会議は、ほぼエンドレス状態である。

 

昨年の奇跡的な真央ちゃんの復活劇は、この地域を本当ににこやかなエリアにしてくれた。

そのムードは、正月になっても変わらず皆がにこやかである。

 

皆が口々に真央ちゃんのことを絶賛するのは、世界一とも言われていたジャンプのフォームを自己否定して、更なる高みのジャンプや演技力を目指してフォームチェンジしていく姿に感動するという話で多いに盛り上がる。

 

よく会社内でも、上司は出来る事は、部下に手放し譲って行くべき責任があり、自身は、出来ていない事に挑戦し続けていく事こそが上司の勤めであると言うように訓示してきているが実際には、意識が弱まるとすぐに得意分野に逃げ込みたがる傾向になりやすい。

 

そのようになってしまう根本は、人間的な弱さから、本来成長の為に不可欠な自己否定という試練のつらさに心が折れてしまうのが主な原因である。

 

ましてや、今まで自信もあり、他者から絶賛されてきていて、何も落ち度が無いように思える特技を、あえて高みを目指すために自身で自己否定し、新たな成長幅の可能性を信じ挑戦する心の強さを生み出せるということは至難業である。

しかし、それが出来る人物だけが、唯一、進化し続ける原動力を維持し続ける事が出来るである。

 

人生において、自己否定にチャレンジし続ける事ほど、しんどい事は無いと私自身も常に感じているが、つい自分の得意なことや出来ると分かりきっている事でしか挑戦しようとしない卑怯な自分を発見しては、驚愕するのが日常である。

 

人の心の若さは、年齢ではなく、自身の可能性を信じて常に出来ない事に挑戦し続けようとする熱を維持できているのかどうかに掛かっている。

 

「人は疑惑と共に老い、情熱と共に若く!」と言う名言は、他人への疑惑心だけを示すのではなく、むしろ、自身の可能性に対する疑惑が最も重要な老いとの関係を示しているのかもしれない。

 

浅田真央さんは、私にとっても単に店から近くの透明感と世界に可能性のある素敵なフィギア選手だから好きだと言う一過性のファンの領域ではなく、一人の人間として世界に示したこととは、真央さんが生涯情熱年齢で生き抜いていく無限のパワーをしっかりと会得したことを証明したことであり、その証しは、真央さんがあらゆるジャンルに生き生きと生きていける人物としての美しさを慄然と放った瞬間であり、想いが光の存在となるための大きな壁を突き抜けたような力を感じる事が出来た。

 

それは「楽」という言葉が真央ちゃんにとてもよく似合った瞬間でもある。

「楽」と言う漢字は、

「山繭(ヤママユ)」と、「自身」と「木」の組み合わせである。

 

苦しい練習の挙句、舞台に立つ瞬間、その舞台の意味が大きければ大きいほどに、誰でも繭(マユ)にぐるぐる巻きになるように身動きが出来ない緊張感に襲われるものである。

その緊張感を味方に付けて、解き放たれる為の反発作用として、繭の糸から開放された時、人は宇宙法則の美の循環力を味方に付ける事ができる。「木」とは、宇宙法則の中でも生命としてのシンボリックさを現した語彙である。

 

「木の生命の営み」の日常は、常にヤママユの緊張や硬い殻とその殻を自ら解き放つ事で、生命を育み続け進化し続けている存在であり、その節目として「実」という「美の法則性」を見方にし続けて生き続けていく様を人間に教え続けている。

 

真央ちゃんがあれほどに「楽」しそうに演技を解き放った瞬間の感動は、今後、どれほど金をとり続けても越えられないほどの美しい「楽」であったのではないかと考えている。

 

あの瞬間を共感した人たちには、その言い表し難い生命の可能性が生み出す、感動を深く味わい力を分けて頂いたのだと思う。

 

いずれにしても、今年の正月は、元旦から店を開けてよかったと思える一番の理由は、近所の方々と本当に晴れやかな挨拶が出来た事だった。

 

挨拶がしやすいように、店の前で炭火を焚いて餅や野菜、りんごなどを焼いて正月営業をを過ごしたことで、一段と近所の方と浅田真央さん談義に花が開き続けたように思えた正月になった。

 

浅田真央さんに正月のにこやかな近隣との時間を頂いた様な気がした元旦営業だった。

 

真央さんありがとう御座います。

明けましておめでとうございます。

元旦から仕事をしています。



コレコーレ初の元旦日よりの営業開始となった理由は!
年末発売の全国紙「じゃらん」に掲載されていて反響に対応する必要が生まれたこととや、

結果として、支店の店長の突然の結婚退社とそれを祝う臨時社員旅行を、取材よりも優先した為に、打合せ中だった年末特番への取材が流れることになった。

もし予定通りなら、大変な混雑に発展する可能性もあったので、念のために、早めの計画として元旦営業として体勢を検討して顧客に年末はやめ連休と、元旦営業をご案内していた。

しかし、本当は社員達に伝えていないもうひとつの理由があった。
しかし、どうも、30日の臨時食事会の流れで、そのサプライズとしての目論見は、ご破算になったようである。

実は、私の20年以上の付き合いがある美人ホテルオーナーから、社員たちをバリ島のホテルで休養取らせてあげたらどう?ホテルなら無料でいいから‥という話が来ていた。

その美人ホテルオーナーは、私が高級ブティックを経営していた頃からの知り合いで、最も大切な顧客の一人でもあった。美貌のロータリークラブ会員と言うこともあって名古屋の財界筋や経済界でも有名な人物でもあった。
縁があってお子様がバリ島のホテルを買い取って経営している話題は、以前から聴いていた。そのホテルがなかなか良いホテルなので一度招待したいと言う内容を伺っていた。

お言葉に甘えて、スタッフ達へのサプライズか、別離した子ども達へのサプライズ旅行にできないだろうかなどと一人で考える中、正月を変則的な休みでいろいろなことを調整して2月くらいに、なんとか行けないだろうかという期待も含めての元旦日営業になっていた。

丁度、年末30日に、伝説となっている超美人のホテルオーナーをラジオ番組に紹介した為に、スタッフ達も参加しての夕食を囲むことになったのだが、なぜか、芸人さん飛び入り参加の臨時の食事会となった。

本当は、ある宿題をそのホテルオーナーから頂いており、途中報告をかけて、二人だけでゆっくりと食事を楽しめるはずえあった。
ところが、ラジオのパソナリティーでもある芸人のひとみちゃんがホテルオーナーの美貌とかなりユニークな生き様話に釣られて、コレコーレまで一緒についてきてしまったのである。

状況的に、二人で食事に行きますとは、いいづらい状況になっていたことから、二人だけの年末の食事は、諦めるしかなくなった。

じゃー、新年に改めて予定を組むことにして、今日は、皆で食べましょうという路線変更での食事会になった。

20年以上の親しいお付き合いさせて頂いている伝説の美人ホテルオーナーの武勇伝と言うか生き様については、あらためて日記に取り上げることとして‥

芸人さんのひとみちゃんは、コレコーレに寄りたくて一緒に車に便乗させて頂いてきたとは、言っていたが、40分もラジオで話をしていれば、その美人ホテルオーナーが只者じゃない女性であることは、いやと言うほど分かってきているはずだし、十分に推察ができているはずであった。

おそらく、どんなに忙しくても、このチャンスに時間を割くのは、当然でもあった。

臨時の年末食事会の最中についうっかりと口を滑らせてしまい、バリ島のホテルへの無料招待を提案頂いている話題に触れてしまった。
芸人ひとみちゃんが「その時はコレコーレの社員になる!!」と言いはじめ、いよいよ、話が具体的になり、いつ出発しようかという気配になってしまった。

サプライズ旅行として、誰にも言わずに私の一存だけで準備しようとしていたが、やや当てが外れたような気が抜けた年末であった。

しかし、年末をいいニュースで締めさせて頂くビッグプレゼントに大感謝である。
さらに、この時、突然ホテルオーナーがある人物に電話した。
その電話先の人物は、マイミクのまいこちゃんがマスコミ活動の一環で知り合ったという話題で、その傑出した言動の噂を聞いていて、一度会って話がしてみたいと私が考えていた人物なのである。

どうも来春は、その人物にも会えそうで日記にも上げられそうな雲行きである。

この一年間、本当に人に恵まれ続けてきての感謝三昧で年が暮れて、元旦早々にまたもやありえない話が次々と舞い込み、感謝三昧の一日が始まり出した。

通信業の大儲けを手放しはしたが、「物々交換」で得たものや、得ていくものは、本当に大きいなと感嘆しきりの年始めにもなった。

皆様、今年もよろしくお願いします。

                物々交換オヤジ 片桐健二

1、お客様の中の有名人を除いて、取材のために来店して物々交換を体験して頂くことができた方々がついに20名を超える状況になった。

 

体験して頂いた方々。

金田哲(はんにゃ)川島章良(はんにゃ)小杉竜一(ブラックマヨネーズ)吉田敬(ブラックマヨネーズ坂東英治(タレント)金子貴俊(タレント)熊田曜子(タレント)石田靖(吉本興業)谷田部俊(我が家)杉山裕之(我が家)坪倉由幸(我が家)佐藤満春(どきどきキャンプ)岸 学(どきどきキャンプ)中村豪(やるせなす)ギャル曾根(フードファイター・タレント)コカドケンタロウ(ロッチ)・中岡創一(ロッチ)など)ひとみちゃん(芸人)石田安奈(SKE48)赤枝里里奈(SKE48)澤朋宏(アナウンサー)天野良春(キャスター)石井亮次(アナウンサー)野田英里(アナウンサー)etc

 

 

2、再編集されたコレコーレ店の取材がなんと!全世界170カ国に翻訳して放送されて海外からも電話が入るような反響が起きる。

 

3、コレコーレの社長の片桐健二をメイン扱う取材が、全国放送で何度か再放送されたことで思わぬ旧知の人脈が復活し、多くの著名人がコレコーレにお越し頂けた。

 

4、各テレビに限らず各ラジオ、ファッション誌、雑誌の特集記事が連続して掲載されるようになってきた。

 

5、芸人など面白み露出の傾向から、シリアスに物々交換を取り上げるマスコミが増え出すきっかけとして、各ラジオ局からの取材内容が経済関係者から取り上げられるように変化し始め出すことで客層の変化が起き出してくる。

 

6、日経新聞の大きな取り扱い方が、NHK総合テレビなどでも取り上げられるようになり、信じ難い大物コレクターからの商品出品が相次ぎ出し、コレコーレの品揃えが飛躍的に高品質な状況になる。

 

7、愛地球博で大成功となった「古代紫ファションショー」を上海万博でも開催して欲しいとの依頼が入るが毎月のように連続する取材と放映の反響への対応で多忙な状況が続き、今回は片桐健二がディレクターとして参加することを断念する。

 

 

8、153広場店を店じまいし、テレビ塔直近に移転する計画により、7年間営業してきた支店を閉店する。

 

9、153広場の店長が結婚の意志を固め、

移転先店舗への影響を考慮して、店じまいと共に寿退社することが決まる、

また寿退社を記念にスタッフで思い出旅行に急遽出向き浅間神社と、

ゴージャス な宿泊旅行へ出かける。

 

 

10、 本店が泥棒に入られ、わずかの差で逃げられる。その夜、剣道3段の芸人のひとみちゃんがガードマンを兼ねて本店の茶室に宿泊する。