インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガ400年忌記念シンポジウム | PERU day by day改めKansai day by day

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17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガシンポジウム。
クスコのモスコソ市長による開会の式辞。
インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガと同様にペルーはメスティソなのだ。先住民でもクリオジャでもないの混血なのががペルーなのだと強調。

年号など少し間違いはあったが、興味深い式辞だった。

開会講演はいまいちだったが、

二番目の講演はやはりメスティソ性がテーマ。


なかなかよかった。


午後の講演の最中のブレイク時のパティオの様子。見にくいが、大きな垂れ幕はインカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガの紋章。


たくさん軽食をとるために長い行列・・。待ちくたびれて暇つぶしに写真をとってしまった。


ブレイクの軽食はアンデス伝統料理のビュッフェだった。このために待ち時間が長くなったのだ。


飲み物はムーニャというミントの仲間のハーブのお茶。
コーヒーがなかったのでコーヒーブレイクじゃない・・といわないで・・。

そのあとの地元化学者兼陶芸家、フリオ・グティエレスによる「ガルシラソの肖像」。

向かって右の顔がよく知られたインカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガの顔。しかし、この顔は20世紀には言ってからフランシスコ・ゴンサレス・ガマラがガルシラソの容貌に関するさまざまな描写を参考に想像して描かれたものということだ。、
しかし左はその青年期の顔だという。


サントドミンゴ教会で発見された聖母像の絵。
聖母の向かって左下の顔が寄贈者である。ゴメス・スアレスでフィゲロアの銘が絵に残されているが、ゴメス・スアレス・デ・フィゲロアとはガルシラソが父から与えられた名前。
青年期のガルシラソの顔だと解釈されている。
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興味深い講演だった。
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