カトリックでもないのに、被昇天の聖母祭りだ、聖母像の行進は何時に始まるのかな?とわくわくしてしまうのだ。8月はアンデスでは一年が始まるつきとされ、種まき開始を迎えるために畑をすきかえす前に、慈母神パチャママへの儀式も行われる。アンデスの新年と地母神信仰が重なる上、地母神と聖母が同一視されることもあり、被昇天の聖母はアンデス山岳地帯では人気のある聖母(聖母はその出現や人生の節目によって幾種類もある。仏陀、如来もいろいろあるように・・)だ。
また、この日はワヌコ市、アレキパ市の創立記念日でもあり、クスコのカテドラルも1544年8月15日に被昇天の聖母に捧げられて竣工した。
被昇天の聖母はスペイン語ではVirgen Asuncion とかAsuncion de la virgenとか言われるが、クスコ周辺では短く、Virgen Asunta(ビルヘン・アスンタ)とも呼ばれる。
そんな聖母の昨年の行進。
一方でテレビでよく報道されるのが2007年のピスコ大地震の記念日だ。この地震はクスコでも感じられた。
リマから南西に約150km、ピスコの西40kmの沖合いを震源にマグニチュード7.9の地震が発生したとき、私は観光ガイドとしてクスコの市内観光を終えて、お客様をホテルに案内し、その玄関の階段を上がっている最中だった。ロビーではシャンデリアが揺れ、お客様によると
「ガイジンさんはキャーキャー騒いでたけど、私たちは平気だったわ」
その後、フォルクローレのディナーショーの最中になぜか私の携帯電話に日本のツアーオペレータから電話が入り、添乗員さんにつないでくれと言われた。添乗員の方の携帯電話がつながりにくかったらしい。クスコ、マチュピチュでの観光は滞りなく行われたが、リマからナスカに行く道が地震で陸路がたたれ、ナスカの地上絵飛行にはいけなかったそうだ。
この地震で590名もの死者が出、2291名が負傷し、76000件の家屋が崩壊した。またたくさんの信者を集めるルレンの主(セニョール・デ・ルレン)の教会は80%もの損傷を受け、日本だと全壊と診断されるような被害を受けた。地震が発生したのはミサの最中だったが、幸いにも参列者に死者は出なかった。
この教会に安置されていたルレンの主像は1570年の作だが、最初の教会は1917年の火災で焼け落ち、像も胴体部分以外は頭部も両腕両足が焼け落ち、現在見られるその姿は補修を受けたものである。
ルレンの主の像は現在カルメル修道院に安置され、聖週間や10月の第3月曜日に行進が行われるが、教会は8年後の今、未だに修復や新築が始まっていない。今年12月からルレン市の予算で建築開始が予定されているが果たして・・
一方でルレンでは新たな巡礼地ができた、地震でなくなった「チチョ」という男の子を訪れるもので、亡くなった地は祠ができるほど信者を集める地となり、彼の写真や絵で体をさすって病気が治癒したという奇跡さえ伝えられるようになった。
いつだって人はご利益を求める・・。
こんなことに関心を抱いてしまい、終戦記念日を感じない私って国賊ものだろうか?
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