バレリアナ・ウィルカさんが5月18日、
101歳で亡くなった。
バリーチャの踊り
(いろいろなバージョンがあり・・)
バリーチャとはバレリアナの
ケチュア語的愛称
かつてアコマヨ地方の地主の息子であった
ミゲル・アンヘル・ウルタードが
小作人の娘でありながらたいへん美しかったバレリアナさんに恋をしたにもかかわらず、
バレリアナさんが他の男と共にクスコに駆け落ちをしたたことに対する
恨み節としてバリーチャは作詞・作曲されたという節がある。
バレリアナさんはクスコで働いたあと郷里のアコピアに戻る。
作曲された「バリーチャ」はクスコのコンテストで優勝。
少しずつクスコ周辺、そしてペルー中へ知られていくことになる。
さらい舞踊の振り付けがつけられ
ペルーを代表する舞踊となり、
歌は数々の歌手に歌われることになる。
さらにクスコの第二の県歌としてみなされるようにもなった。
クスコ出身のウィリアム・ルナの優しい歌声・・
世界的テナー歌手、フアン・ディエゴ・フローレス
1:45よりバリーチャに・・
最後まで聞くとジャンルを超えた彼の素晴らしい歌唱力とリズム感に圧倒される。
バレリアナさんはバリーチャのモデルとして
コンサートやイベントに招待されたり、
毎年6月のインティライミ祭の前の市民パレードには
アコマヨ郡として老齢をおして参加させられていた。
しかし、彼女自身は微々たる年金をアコマヨ郡当局から
支払われていた程度でその家は日干し煉瓦ででき、
貧しいままだった。
YOU TUBEで数々のイメージを見るにつけて
怒りが沸いてきた。
彼女のイメージの周辺で
数々の舞踊団や歌手がペルー国内で、世界で稼いできたのだ。
本人の意思とは別に
クスコの、そしてペルーのイメージを代表してきたにもかかわらず
クスコ県当局も、ペルー政府はなにも報いてはこなかった・・
貧しいものを搾取するペルーに対する憤り・・
せめて死後でもいいから「太陽勲章」を授けられないのか?
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Valicha