すまないという言葉だけで投げ出せるものではない。

向き合って責任を果たして一緒に死のうとも言えない。

この罪は誰が裁いているのか。

この世の存在全てを騙くらかしたとしても、僕は1人のうのうと生きていく。

神は僕の存在を許すのか。

だとしたら、神なんて存在しない。

金と女と権力を追い求め、利己的で自分勝手な輩ばかりが人生を謳歌できるのが、下界という楽園なのか。

 

 

僕は妻を車で送った。

もう二度と家には戻れない体。

でも妻は何か勘違いしている。

「介護ベッド、残しておくからお金を払っといて」

「いやいや、お前の病状を鏡で見てみろよ」

そんな言葉は心の中だけだった。

社会人経験のない子ども達にも

「帰ってくるから」

と伝えている。

僕の身長を越えたばかりの息子は半ば信じている。

虚言なのか戯言なのか譫妄なのか。

現実から目をそらしたい気持ちだけは理解できた。

ただ、泣き言なく、涙も見せず、淡々と運命を受け入れる様は、清々しかった。

 

入院手続きを終えると大きなバルコニーに案内された。

「夏はここから花火がよく見えるんです」

「ここからの眺めは絶景でしょうね」

「この日だけはみんな夜勤を希望するんですよ」

「正月の次は桜、その次は紫陽花、その次は花火かぁ・・・それもいいかもな」

妻はずっと黙って狭い空を見上げていた。

髪がすっかり抜け落ちて痩けた姿は、義理父とそっくり。

義理父は妻と同じ病で戦い敗れた。

 

 

「お二人の写真を取りますよ!」

筋書き通りの棒読みな誘いに

「そうきたか」

と、やや失笑。

でも、折角展開してくれたセレモニーを台無しにしてはいけない。

そんな気遣いだろうか?

妻が20年ぶりにツーショットを快諾した。

「撮りましょう」

まるで20年間、円満な夫婦生活だったかのような笑顔を演じたつもりだろうが、僕には不敵な笑みにか見えなかった。

一緒に並ぶと嘘は隠せない。

二人ともぎこちない笑顔。

僕が入院手続きを済ませて個室に戻ると壁に不自然な写真が貼られていた。

僕は頬が引き攣っている。

妻は目を閉じていた。

「ママが可哀想。パパと写真なんか撮って」

娘が笑って同情していた。

僕は写真を眺めながら時計が逆回りしているのを感じた。