1.
ウクライナは未だ滅びず
その栄光も 自由も
同胞よ 運命は
我らに再び微笑むだろう
我らの敵は
太陽の下の露の如く消え
我らは国を治めよう
我らの地で
魂と身体を捧げよう
我らの自由のために
そして示そう
我らがコサックの子孫であることを!
歌詞を改めて読むと、
まるで現在のウクライナの人々の心情を
歌っているように思われます。
過去の悲惨な歴史が
現代にも繰り返されているのです。
国歌の成り立ちについて見てみましょう。
<作詞>
ロシア帝国領だった1862年秋、
詩人パヴロ・プラトノヴィチ・チュビンシクィが
「ウクライナは未だ滅びず」という詩を発表、
ウクライナコミュニティの間で人気を博します。
しかし、同年10月20日、当時の憲兵長が
「一般の人々の心に悪影響を及ぼす」として、
現在のロシア連邦の北にあるアルハンゲリスク州に
警察の監視下の元で作詞家を追放。
しかし、詩の人気は衰えること無く、
1863年、同詩が掲載された文学雑誌「メタ」第4号の出版で
知名度は一層増しました。
<作曲>
神父で作曲家のミハイル・ベルビツィクィも
この詩を気に入った一人でした。
当初は自身が演奏しながら歌うものでしたが
愛国的な歌を多くの人たちと歌えるように
合唱用として作り直します。
初演は1865年3月10日でした。
しかし、この曲が国歌として採用されるまでは
多くの時間を必要としました。
ロシア帝国の支配、
第一次世界大戦の混乱、
ドイツの介入、
ソ連への加入
などの事情で
公式採用されることもなく
それでも 慣例として
歌い継がれていきました。
そしてソ連崩壊を迎え
やっと日の目を見るのです。
<採用年>
1992年1月15日(メロディ)
2003年3月6日(メロディ・歌詞)
ここで 世界史の時間です( ´∀` )
![]()
ウクライナ国民は
平穏な生活を守るため
家族を守るため
国家の為政者は
国民と国土と
主権を守るため
相当な覚悟で臨んでいると
胸に迫り来る日々
周囲を海で守られ
先の大戦以降
平和ボケしていると言われ続け
他国の闘いを 映像で眺めている
日本人には
きっと、動物的な
闘う本能が無くなって
いるのではないでしょうか
<危機意識> の欠如に
気づいていないのでしょう
平和を守るための
沢山の <覚悟>
今こそ、私たちは
これまで目をつむってきた
様々な事柄に
真剣に向き合い
言葉に出して
話し合っていくべきと思います
民族は違えど
歴史は違えど
平和と自由は
決して
<棚ぼた> では
得られないものと
わかっていますから
今こそ
目覚めて <覚悟>を
歴史的な建物と 広大な大地
キエフ・バレエ公演の紹介などを・・・
![]()












