まいたけが35円だった!
今日は炊き込みごはんにしよう。
ちんげん菜が50円だった!
…しかし、今まで
ちんげん菜を料理で使った覚えがない、。
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私は母から料理を教わったことがほとんどない。
さかなを3枚にする授業の際
予習してくるようにと言われ母に尋ねたが
手際の良過ぎる母は、
さぱーっと魚をさばいてしまい
戸惑って鈍臭い私に
「とろくさい、そんなのもできないのか!」
と言い
「お前が今まで教えなかったからだろ!」
と父が怒鳴り夫婦喧嘩がまた始まったので
そそくさと家を飛び出した
母は父に
「すごい。」とか「いつもありがと」
「僕の嫁は素敵だ!」とか「愛してる」
とかそんなきゅん言葉が
いつだって欲しかったんじゃないかと思う
お互い不器用に不器用に
恋をし合っているような2人だから
その様子はまるで
今年最初らへんにやっていた
『デート』というドラマの主人公の2人の不器用さに似ていた
だからたまに苦しくなったり
2人を恋しく想ったり会いたくなったら
その最終回だけを観て
私は2人が恋し合ったうえに生まれてきたんだなあ。。。
と、もきもきしておくんだ
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そして家を飛び出した続きだが、
私は走って走って半分泣き顔で
近くの回らない寿司屋に飛び込んだ
〔、アジを3匹持ち込み
「さばきかたをおしえてください!」
と
いかつい姿とお顔立ちをした親父さんが
照れくさそうなしかめっ面で
『入んな。』
と言ってくれて
さばきかた以前に、
手の洗い方や魚の名前クイズ
うろこを手のひらにつけられたり
たくさんのことを教えてくれた
あのお寿司屋さんまだあるのかなあ…
しばらく地元に帰っていないし、
あの真っ直ぐな道のどこかのお店だけど
今映像として思い出せるのは
いかついおじさんの顔
まな板とアジ
銀色のせっけん
見せてくれた大根のなんか綺麗なやつ
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それがあってか八百屋では
お客さんや店員さんによく
「これどう使うの?」「これを使った美味しい料理ないかしら?」
と聞いていく
今日は近くにいたおばさんに
ちんげん菜の使い方や下ごしらえを聞けた
それと、切り干し大根
にも挑戦することになった。
上手くいくかしら…と不安にレジを並んでいると
後ろ(入り口)の方で大きな声
「あら、安いわねえ!このスイカ、でもひとりだと食べきれないわあ」
違うおばあちゃんの大きな大きなひとりごと。
「それもう200円でいいですよ!」
と380円のスイカは200円に変貌した
「私と半分こしませんか?」
半分に切ってもらってスイカは100円になった。
おばあちゃんと私はほくほくした顔でレジに向かった。
半分に切ってもらったので、
明日のおやつのじばにゃんベビースターのシールを
お店のひとにあげた《レジにじばにゃんだらけだったから
そして今ブログを書いているところだ
明日のじばにゃんは食べてしまった
大丈夫だ、私にはまだ夏ポテト《梅》がある
実はわたし…。
パンダも困っている顔をしている
【 スイカ】
・種の出しかたがわからない
はしやスプーンでほじほじしたって白いやつはまだいたりする
・そもそも瓜系の野菜や果物が苦手
たくさんは食べれない 吐き気がしてくる
・塩をかけたやつなんて…もう、。
・いっそスイカバー味になればいい
しかしいつかこどもの頃
公園で開催されてたスイカ割り大会では
私は一番乗りに見事スイカを割り切り
中華鍋とジャイアンツのチケットをゲットした覚えがある。
ちいさな私は父からはぐれ勝手に大会に参加していて
目隠しを外された瞬間
父と目が合い複雑な顔をし合ったあの光景と(またかトップバッターが割るとは思わなかった
その後、母に「良い鍋は重いのよねえ、」と不器用に喜ばれたことを覚えている
そんななんとなく思い入れのあるスイカ様だ、今晩は頑張って克服してみようと思う
なんか食べやすい方法があるのなら速達で電報を打ってほしい
わたし…がんばる……
すいかがんばる……
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今日の名言
「一番厄介なのは 人生の途中で人に落胆してしまった人間よ…」
私たちの幸せな時間/佐原ミズ コンジヨン
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最近ひどく哀しいニュースがあった。
バスを待っているとき、
目の前に並ぶ香水くさいブランドばばあが
「迷惑よねえ、」「ほんとよねぇ!」
と話していてそっと睨んでしまった
私がおじいさんおばあさんになった頃。
いったいどうなっているのだろうか?
どう暮らすことが出来るのだろうか?
ちゃんらんぽらんな私の未来は全く想像がつかない。
もし誰かパートナーと結婚出来るとするなら、
申し訳ないが私より後に死んでほしいなあ
そんなこと耐えられなくて後追いしちゃうか、無責任なことに社会的なんて手に負えず何もちゃんとすることが出来ない気がする…
今だってそんなかんじ、。
地域の人に救わられることがたくさんあって今日みたいに何か教えてくれたり私はやっとやっと成長出来ている気がする。
でも昔のようには、
隣の人におしょうゆは借りにいけないし、借りにきてくれない
その分個人個人がしっかりしようと思えたり
貯金意識だってちょっと前の頃の人たちよりか早い頃から高い気がする
いつどうなったときに、
一時は社会のせいにするかもしれないけれど
なんだかんだ自分でなんとかしなきゃ
と立て直す意識をいつでも
なんかビクビクしてるかんじ。
だってそもそも社会に情報に
そんなに期待や過信やしてないし
そんな若者が多いなあって思いつつ私もきっとそのなかのひとりであって
最初から落胆しているなら理想を描くだけ、
途中から落胆してしまったなら
それまでの概念や自分やなにかを
ぶっ壊してでも再生させなくちゃ
時に死んでしまう。
新幹線で燃えてしまったおじいさんはどうだったんだろう…?
どんな想いで「おかねあげる。」って言ったんだろう
少しだけでもその瞬間
「どうしてお金をくれようとするのかな?」
とおじいさんの目線に1パーセントでも愛を持って感じたり考えたりする瞬間は
大人になると忙しくなっちゃうとなくなっちゃうなのかなあ?
『迷惑よねえ、ほんとだわあ!!!』
それで会話は終わる はい、おしまい。
少年Aに対してもそう。
『信じられない』『気持ち悪い!』
『なんて奴だ!』『怖いわねえ』
そもそも僕たちは100パーセント犯罪者になる可能性すらないんだろうか…
「そんなこと言うなら犯罪者になる要素があるんじゃない?」と言われたりもした
たしかに仕事中
ミミガーをつまんだり、
ねるねるねるねを作ったり食べたり、
七夕飾りを作成したりしていて、
反社会的といえば反社会的な人間かもしれない…きをつけよう。
私は最近山手線で
乗り合わした隣の女性がその本を読んでいたので
隣で寝ているふりをして開いていた途中から覗き見をした。
結局2人とも山手線を一周半してしまって
最後はため息をつき彼女は本を閉じた
「すみません、盗み見してました…」
と告白し次の次の駅で降り
上野駅構内の煙草を吸えるカフェで飲み物を奢り2人でカフェタイムを過ごした。
しかし、お互いほとんど言葉が出なくなってしまった
気持ち悪さと何か発見と腹立たしさと虚無感
本人だからこその言葉は
深く入っていくほど辛かった
本人になれることも、私になれることも出来ず
言葉を吸収していき私はそのお姉さんは
何が出来て防いでいくことが出来るんだろうね…
そこから会話は続かなかった、。
今日のおばちゃん、おばあちゃんパワー
とても大きな大きなひとりごと。
安く美味しく食べてやろう!
足りないなら半分こや足りるなら半分こや
そんなおばちゃんたちの井戸端パワーが
結局女性の自殺率が男性の自殺率より低い力とか
火事場の馬鹿力を産むのではないだろうか。
男性よ、しゃべることを忘れないでほしい
女性よ、ブランドだけに負けず
なんでも拾い工夫パワーをなくさないでほしい
人間は自分を空気を物を素敵なものを
デザインする力があると思うんだ
わたしデザイン頑張ろう、ブラックボックスではいけない。


