『アメリカの著作権制度/著作者人格権 7/8』

 

▽    著作者人格権の 移転及び放棄(106A条(e))

 

著作者人格権は、移転することができません(may not be transferred)。その一身専属性からすれば、当然の帰結です。

ところが、少々特殊なのが、アメリカにおいては著作者人格権を、一定の厳格な要件はありますが、これを「放棄することができる(may be waived)」という点です。これには留意する必要があります。

著作者人格権の一身専属性からすれば、人格権の放棄はありえないとする見方もあるでしょう。この点、わが国においては明文で否定こそしていませんが、大勢の意見は、おそらく、「放棄できない」というものではないかと思います(そのため、実務では、その有効性について疑義のある「放棄条項」ではなく、著作者人格権の「不行使条項」を設けて対処しています)。

もっとも、著作者人格権の放棄条項を明文をもって立法することに関しては、連邦議会内部でも相当に議論があったようです。事実、VARAの制定当時、アメリカ著作権局は、連邦議会の要請に応じて、「(人格権の)放棄条項の影響」(the impact of the waiver provisions)に関する調査研究を行っています**。

 

**この調査研究に関するレポートの詳細については、”Waiver of Moral Rights in Visual Artworks report (October 1996)-Executive Summary-“を参照。

**1996年に提出されたこのレポートの結論部分は、概ね、次のとおりです:

『(調査研究のために検討した)これらの情報源からは、次のことが確認できる:著作者人格権に関する連邦レベルでの立法はわが国では揺籃期にあること、芸術家、及びときにユーザーサイドにしても、ベルヌ条約によって確立されている国際的な著作者人格権についての認識がまだまだ足りないことから、VARAの人格権放棄条項の影響に関して正確な予測をすることは、現時点においては困難である。』

(原文) These sources confirmed that because federal moral rights legislation is in its infancy in this country, and because artists, and often users, are frequently unaware of the international moral rights standard established by the Berne Convention, accurate predictions on the impact of VARA's waiver provisions are difficult to make at this time.

 

ベルヌ条約上、著作者人格権を保護するための法的救済の手段については、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるとされています(6bis(3))。

アメリカ連邦議会の解釈は、ベルヌ条約のメンバー国は、条約が定める最低限の保護水準を満たすよう要請されるが、ベルヌ条約においては、「人格権の放棄」については一切言及してない、つまり、人格権の放棄は、承認されているものでもなければ、禁止されているものでもない、したがって、個々のメンバー国は、独自のやり方でベルヌ条約を執行できるものと解される、というものでした。

この点について付言すると、一般的には、例えば、フランスのように、civil law(大陸法)の伝統を持つ国では、著作者及び著作物に対する幅広い保護が規定されているのに対し、イギリスのような、common law(慣習法)の伝統を持つ国では、人格権による保護に関しては、著作権法よりはむしろ契約法(contract law)により依存しているとも言われています。

 

著作者人格権の放棄に関する条項を挿入するに当たって、連邦議会は、視覚芸術家の代表や視覚芸術著作物の商業的利用者その他の利害関係人からのヒヤリングを行い、視覚芸術家の人格権は、「絶対的な」(absolute)ものとするべきではなく、「商業的な現実」(commercial realities)によって当該人格権の絶対性は適度に抑えられるべきであると結論づけました。もっとも、実際の立法に当たっては、市場における「対等ではない交渉力」(unequal bargaining power)によって不当に圧力をかけられて著作者が人格権を手放したり、剥奪されたりするような事態がないよう手当てされました。

このようにして、連邦議会は、著作者人格権の放棄を許容する規定を設ける一方で、放棄の適法要件として、以下に解説するように、当該著作者によって署名された文書による証書をもって、しかも、その証書の中で、当該放棄が適用される著作物及びその利用態様を具体的に特定するというかなり厳格な要件を立てました。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/