ドキュメンタリー映画(インタビュー映像+字幕部分)vs.書籍(言語著作物)

 

▶平成25年3月25日東京地方裁判所[平成24(ワ)4766]▶平成25年09月10日 知的財産高等裁判所[平成25(ネ)10039]

[控訴審]

1 翻案権侵害ないし複製権侵害(争点(2))について

(1) 本件映画は,ノンフィクションを内容とするドキュメンタリー映画であり,その著作権が控訴人に帰属することは,原判決で説示されているとおりであるところ,そのうちの本件インタビュー部分は,控訴人がA博士に対して質問をしたのに対して(本件ナレーション部分),同博士が回答する様子を録画したものの一部分を映画の一場面として採用し(博士回答部分),これに翻訳字幕を付した(本件字幕部分)ものである。

他方,被告記述部分のうち,「広島と長崎の被爆者の,とくに血液データによる遺伝情報を,ヒトゲノムにつなげたというのは,どういうわけですか?」は,A博士に対する控訴人の質問を紹介する記述であり,「おっしゃるように,」から始まるA博士の発言と同様に,かぎ括弧で囲まれている。被告記述部分は,これを全体としてみれば,過去に本件インタビューが行われ,それに対してA博士が回答をしたこと及びその内容を,被控訴人が紹介する態様の記述として,要約して表現したもので,著作物である本件映画を紹介し,それに対する被控訴人自身の思想,感情を記載し表現した体裁となっている。

そこで,両者を著作権法上の翻案ないし複製の有無の観点から対比するに,まず,本件インタビュー部分のうちの控訴人の質問部分と,被告記述部分のうちの控訴人の質問紹介部分とは表現において共通する部分はなく,別個の創作的表現となっていて,その部分において,控訴人の表現上の本質的な特徴を被告記述部分から感得することはできない。被告記述部分のうちの控訴人の質問を紹介する部分はかぎ括弧で括られているが,このかぎ括弧が,本件インタビュー部分における控訴人質問部分を,表現として引用する趣旨で付されたのではなく,その内容を紹介する趣旨に出たものであることは,上記でみたように表現において共通する部分がないことから明らかである。

次に,本件インタビュー部分のうちの本件字幕部分と被告記述部分のうちのA博士発言の紹介部分とを対比すると,両者は,その訳文としての具体的表現において大きく異なり,後者の紹介部分からは,本件字幕部分における訳語及び訳文の選択についての控訴人の表現上の工夫,すなわち本質的特徴を感得することはできず,両者がその本質的特徴を異にすることは明らかである。

そして,被告記述部分において,本件インタビュー部分のうちの博士回答部分を英語で紹介する記載はなく,被告記述部分のうち博士回答部分についての日本語による紹介部分は,被控訴人独自の記述表現であって,博士回答部分の本質的特徴を感得することができる記載ではない。

(2) 著作物について翻案権ないし複製権侵害が成立するには,当該著作物が,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できるものであることが必要である(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決,最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。

本件においてこれをみると,(1)で検討したとおり,被告記述部分のうちの各部分とも本件インタビュー部分の本質的特徴を感得できるものではない。被告記述部分を総体としてみた場合も,本件インタビュー部分を要約して紹介する記述表現となっており,本件インタビュー部分の表現上の本質的特徴を直接感得できるものではない。したがって,本件インタビュー部分と被告記述部分とは,表現上の本質的特徴を異にするものであるといわざるを得ず,本件インタビュー部分の著作物性,あるいは著作権の帰属などについて検討するまでもなく,被告記述部分の作成について,控訴人が著作権者であると主張する本件インタビュー部分の翻案権ないし複製権を侵害するものということはできない。

そもそも,控訴人が本件インタビュー部分について本質的特徴と主張するのは,いずれもインタビューの内容面についてであり,表現上の創作性についての本質的特徴というべきものではない。控訴人が,インタビューの内容についてA博士と打合せを行った上で,約30分に亘るA博士の回答部分から約65秒のシーンを選択し,本件映画のテーマに沿う的確な部分を選択していたものであるとしても,被告記述部分は,それを感得できるようなものではない。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/