ドキュメンタリー作品vs.大河小説/ノンフィクション作品(歴史的事実)の翻案性

 

▶平成13年03月26日東京地方裁判所[平成9(ワ)442]

(注) 原告は、昭和16年、旧満州国の「新京」(現在の中華人民共和国吉林省長春市)に生まれ、幼少時に中国革命戦争下の共産党軍(八路軍)の長春包囲戦に巻き込まれ、長春を脱出する際に国民党軍と八路軍の間に設けられた「?子(チャーズ)」において脱出を許されるまでの数日間凄惨な状況の中に置かれたという自らの体験をもとに、原告各著作物を著作した。

一方、被告は、月刊「文藝春秋」昭和62年5月号から平成3年4月号までに、「大地の子」と題する小説を連載して発表した。同作品は、被告により加筆された上、平成3年に株式会社文藝春秋から四六判の単行本として出版され、さらに平成6年文春文庫(一巻ないし四巻)から出版された。

 

一 翻案権侵害について

原告は、対照表一ないし四記載の点を指摘して、被告小説は、原告が原告各著作物について有する翻案権(対照表一については複製権及び翻案権)の範囲に含まれる旨主張する。すなわち、

① 対照表二記載のとおり、ストーリー展開ないし場面展開が同一又は類似であること

② 対照表三記載のとおり、起承転結という構成を採用している点で共通し、かつ、起承転結の具体的な内容が同一又は類似であること

③ 対照表四記載のとおり、ストーリー全体の流れ、エピソードの取捨選択、表現手法が同一又は類似であること(40か所)

④ 対照表一記載のとおり、個別的、具体的な記述部分の表現形式及び特徴が同一又は類似であること(57か所、なお、対照表一においては、複製権侵害も主張している。)

著作者は、著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する(著作権法27条)。右翻案とは、ある作品に接したときに、先行著作物における創作性を有する本質的な特徴部分が共通であることにより、先行著作物の創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得させるような作品を制作(創作)する行為をいう。したがって、ある作品が先行著作物に関する翻案権の範囲内に含まれる否かは、①先行著作物における主題の設定、具体的な表現上の特徴、作品の性格、②当該作品における主題の設定、具体的な表現上の特徴、作品の性格、③両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法の同一性ないし類似性の程度、類似性を有する部分の分量等を総合勘案して判断するのが相当である。

各対照表において、原告が指摘する部分の翻案権侵害の有無については、以下二ないし五において個別具体的に検討するが、総論的な点を簡潔に述べておく。

第一に、原告各著作物は、概要、昭和二三年(一九四八年)、国民党軍の支配下にあった長春は、中国共産党軍(八路軍)が包囲して兵糧攻めにしたため、市民の多くが飢餓状態に陥ったこと、原告は、当時七歳であったが、長春を脱出する際に国民党軍と八路軍の間に設けられた(チャーズ)において脱出を許されるまでの数日間凄惨な状況の中に置かれたこと、家族らは、かろうじて脱出を果たしたが、原告は、その後、栄養失調の上、結核菌に冒されたことなど戦争下での苛酷な体験を基礎に、歴史的な事実として(フィクションを交えないドキュメンタリーとして)、著作されたものである(詳細は後記認定のとおりである。なお、原告各著作物については、原告の父親に対する鎮魂、敬愛追慕の情などが執筆の動機の一つである等の特別の事情も存在する。)。このようなノンフィクションの性格を有する著作物において、歴史的な事実に関する記述部分について、文章、文体、用字用語等の上で工夫された創作的な表現形式をそのまま利用することはさておき、記述された歴史的な事実を、創作的な表現形式を変えた上、素材として利用することについてまで、著作者が独占できる(他者の利用を排除することができる。)と解するのは妥当とはいえない。

第二に、被告小説は、日中の歴史を背景に、戦争によって捨てられた子どもである戦争孤児(いわゆる中国残留孤児)を主人公として、孤児と中国養父母との心の交流を軸として、戦火の中でも失われなかった人類愛を描こうとした大河小説である。一般に、作家は、小説を執筆するに当たって、読者に対し、最も効果的に、テーマを伝え、感動を与えることができるよう、ドラマチックなストーリー展開を案出し、各種の登場人物を創出し、人物の性格、思想、行動、人間関係等を設定するなど、知識、経験及び創造力を尽くし、創作的な工夫を凝らして、作品を完成させるものであるといえる。このように創造力を駆使して執筆される小説の性格に照らすならば、例えば、歴史的事実、日常的な事実等を描くような場合に、他者の先行著作物で記述された事実と内容において共通する事実を取り上げたとしても、その事実を、いわば基礎的な素材として、換骨奪胎して利用することは、ある程度広く許容されるものと解するのが妥当である。

そこで、このような観点を踏まえた上で、両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法等の類似性の有無、程度を総合勘案して判断することにする。

なお、以下に、翻案権侵害等の有無について判断するが、両作品の全体的な検討から進める方が、より分かりやすいので、対照表二、三、四及び一の順で行う。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/