法13条の意義と解釈

 

▶昭和52年03月30日東京地方裁判所[昭和49(ワ)2939]▶昭和57年4月22日東京高等裁判所[昭和52(ネ)827]

三 著作権の発生と帰属

1 旧法第11条[注:現13条に相当。以下同じ]第1号によれば、官公文書は、著作権の目的から除外されているところ、これは、官公文書が一般に公示され、周知徹底されるべき性質を有するものであり、何人にも自由に利用できる状態に置かれなければならないものであることに基づくのであるが、これに反し、官公庁の発行する文書でも高度に学術的意義を有し、必ずしも一般的に周知させることのみを意図しないものは、学術に関する著作物として、著作権の保護を受けるべきものと解するのが相当である。

しかして、右二の1に認定した各事実と前示(証拠等)を総合すれば、本件著作物[注:「日本人の海外活動に関する歴史的調査」と題する調査報告書のこと]は、前示認定のとおり、官公庁の編さんした著作物であるが、近代における日本及び日本人の海外経済活動に関する調査を経済史的見地から分析整理して叙述したものであつて、海外諸地域における政治、経済、統治関係などの事項を含み、史料的、学術的価値の高いものであること(本件著作物が右のような価値を有することは、当事者間に争いがない。)、また、本件著作物は、必ずしも一般国民に対し、周知徹底させることを目的としたものではなく、むしろ政府部内の執務資料とすることを意図したものであつたこと、なお、本件著作物には調査会の印章、署名がないこと(右事実は、当事者間に争いがない。)が認められ、前示(証拠)の記載部分をもつて、これを左右するに足りず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件著作物は、官公庁としての調査会の印章、署名がないので、旧法第11条第1号にいう官公文書とはいえないうえ、本件著作物は、学術に関する著作物として、著作権により、保護されるべきものと解するのが相当である。

 

[控訴審]

一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断するが、その理由は、次に訂正付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これをここに引用する。

(略)

三 本件著作物が、旧著作権法第11条第1号にいう「官公文書」に該当する旨の主張について

旧著作権法第11条には、著作権の目的とならない著作物として、第1号において、法律命令及び官公文書を挙げ、また、現行著作権法第13条も、権利の目的とならない著作物として、憲法その他の法令(第1号)、国又は地方公共団体の機関が発する告示、訓令、通達その他これらに類するもの(第2号)、裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行なわれるもの(第3号)を挙げている。このことからみても、旧著作権法第11条第1号の「官公文書」とは、現行著作権法第13条第2号、第3号の規定で具体的に列挙されている如き官公庁が公務上作成する文書のうち一般公衆に公示する目的の文書をいうものと解すべきである。したがつて、国又は地方公共団体の発行した文書でも、高度に、学術的意義を有し、必ずしも一般に周知徹底させることを意図していない文書は、学術に関する著作物として著作権の目的となりうべきものであることは明らかである。

この点、控訴人は、国民の「知る権利」を実質的に保障すべきこと、旧著作権法には、現行著作権法第32条第2項の規定の如き「転載」形式の刊行物利用の道がなかつたことなどを根拠として、旧著作権法第11条第1号の「官公文書」の範囲は広く解すべきであつて、国、地方公共団体が作成した著作物で高度の学術的意義を有するものであつても、その著作物が一般公衆に周知さるべき目的、性質を少しでも有するものであれば、「官公文書」に該当すると主張する。

しかしながら、国民の知る権利を、後に権利濫用の主張の判断においても言及する如く、著作権法の分野における問題の検討に当つても尊重すべきこと、国、地方公共団体の著作活動も究極には国民の福祉を目的としており、かつ、これらの著作活動が国民の負担で賄われることなどについての控訴人の主張が理念として理解しうるものとしても、控訴人の旧著作権法第11条第1号の「官公文書」の概念の理解は、すでに正当な解釈論の範囲を逸脱したものであつて採用することはできない。

そうすると、本件著作物は、官公庁が編さんした著作物であるとはいえ、その内容は、近代における日本及び日本人の海外経済活動に関する調査を経済史的見地から分析整理して記述したものであり、海外諸地域における政治、経済、統治関係などの事項を含むことから、今日、史料的学術的価値の低くないものであるが、本来、本件著作物は、終戦直後に、近い将来予想される連合国に対する賠償問題や在外資産を失つた日本人への補償問題に対処するための国家機関の内部執務資料を整備保存する必要から、原判決理由二認定の如き経緯によつて作成が発意され、完成をみるに至つたものであつて、本件著作物は、政府部内の執務資料であり、一般に公示して周知させるべき性質の著作物でないことは明らかである。たしかに、控訴人が主張する如く、本件著作物の「序」には、「連合国に対する弁解という意図からでは勿論なく、吾々の子孫に残す教訓であり、参考書でなければならない。」などの記述がある(当事者間に争いがない。)が、これらの記述は、本件著作物の内部資料としての価値に言及したものと理解すべきであるから、控訴人指摘の各記述を検討しても、本件著作物が、前叙の如く、本来、終戦直後に予想された連合国に対する賠償問題や海外において蓄積した財産を失つた日本人に対する補償問題に対処するための内部的執務資料であることを否定することはできない。

したがつて、本件著作物は、旧著作権法第11条第1号に規定する「官公文書」とはみられず、学術の範囲に属する著作物として著作権の目的となりうるものである。

この点の控訴人の主張は、肯認できない。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/