歴史教科書の侵害性の判断基準

 

▶平成26年12月19日東京地方裁判所[平成25(ワ)9673]▶平成27年9月10日知的財産高等裁判所[平成27(ネ)10009]

[控訴審]

当裁判所も,控訴人の請求は,当審における控訴人の主張を踏まえても,いずれも棄却すべきものと判断する。

その理由は,次のとおりである。

1 争点(1)(被控訴人各記述が控訴人各記述を「翻案」したものか否か)

(1) 翻案について

原判決に記載のとおりである。

(2) 教科書及びその検定について

原判決(教科書及びその検定について)に記載のとおりである。

(略)

(3) 歴史教科書の個々の記述について

特定の著作物と他の著作物との間で著作権又は著作者人格権(著作権等)の侵害の有無を判断しようとする場合,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないときには,複製又は翻案には該当しないのであるから,著作権等を侵害されたと主張する者は,自らの著作権等が侵害されたとする表現部分を特定した上で,まず,その表現部分が創作性を有していることを明らかにしなければならない。この点,原判決別紙対比表項目1,2,9,10,15,17,19,20,24,26,27~29,33~36,43~45及び47の各「原告主張」欄の小項目「■【原告書籍の表現の視点】」に記載された控訴人の主張が,記述内容に関する著者のアイディアや制作意図ないし編集方針,あるいは,歴史観又は歴史認識に創作性があるという趣旨であれば,それ自体は表現ということができないから,いずれも失当である。当裁判所の検討に当たっては,当該視点に基づいて記されたとする具体的な記述について,表現上の創作性の有無を検討する。

まず,控訴人は,被控訴人書籍の特定の単元の記述の一部が控訴人書籍の特定の単元の一部の記述の著作権等を侵害すると主張しているのであるから,上記の手法(いわゆる「ろ過テスト」)に従うならば,控訴人各記述のうち被控訴人各記述に対応する部分(後述のとおり,その多くは,切れ切れとなった文章表現を全体的に観察した場合にうかがうことのできる観念的な共通性にすぎない。)が,それぞれ単独で創作性を有していることを,更に明らかにしなければならない。

前記(1)のとおり,歴史上の事実又は歴史上の人物に関する事実(歴史的事項)の記述であっても,その事実の選択や配列,あるいは歴史上の位置付け等において創作性が発揮されているものや,歴史上の事実等又はそれについての見解や歴史観をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作権法の保護が及ぶことがある。

ところで,前記(2)のとおり,中学校用歴史教科書については,文部科学大臣が公示する教科用図書検定基準並びに文部科学省が作成した中学校学習指導要領及びその解説により,法令上及び事実上,その記述内容及び方法が相当程度に制約されているほか,想定される読者が中学生であることによる教育的配慮から,その記述事項は,通常,一般的に知られている歴史的事項の範囲内から選択される。その一方で,歴史教科書として制作された書籍だからといって,教科書としてだけ用いられるわけではなく(被控訴人書籍1は,一般に市販されている。),歴史教科書に係る著作権の侵害の有無が問題となる書籍が歴史教科書に限られるわけでもない(被控訴人書籍1は,歴史教科書ではない。)。そうすると,歴史教科書は,簡潔に歴史全般を説明する歴史書に属するものであって,一般の歴史書と同様に,その記述に前記した観点からみて創作性があるか否かを問題とすべきである。すなわち,他社の歴史教科書とのみ対比して創作性を判断すべきものではなく,一般の簡潔な歴史書と対比しても創作性があることを要するものと解される。

そして,簡潔な歴史書における歴史事項の選択の創作性は,主として,いかに記述すべき歴史的事項を限定するかにあるのであり,選択される歴史的事項は一定範囲の歴史的事実としての広がりをもって画されている。したがって,同等の分量の他書に一見すると同一の記述がなかったとしても,それが,他書が選択した歴史的事項の範囲内に含まれる事実として知られている場合や,当該歴史的事項に一般的な歴史的説明を補充,付加するにすぎないものである場合には,歴史書の著述として創意を要するようなものとはいえない。控訴人の創作性基準に関する主張は,上記説示に反する限り,採用することができない。

以下,他社の歴史教科書に同様の表現があるか否かの点を中心に,控訴人各記述の創作性を検討するが,これは,他社の歴史教科書が同等の分量を有する歴史書として,もっとも適切な対比資料であり,他社の歴史教科書に同様の表現があることは,当該表現がありふれたものであることの客観的かつ明白な根拠だからである。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/