ゲームソフト同士の侵害性が問題となった事例(各論部分)

 

▶平成14年11月14日東京地方裁判所[平成13(ワ)15594]▶平成16年11月24日東京高等裁判所[平成14(ネ)6311]

[控訴審]

(5-3) 基本ストーリー

証拠によれば,両ゲームのゲーム概要は,共通表現(3)記載の内容において共通しているということができる。すなわち,両ゲームは,「亡国の少年王子が,ペガサスユニット,ドラゴンユニット,魔道士ユニット等も登場するファンタジーな世界を背景とし,架空の大陸における架空の小王国,小公国,小領主国間の戦乱を舞台として,戦闘等を行って仲間を増やし,成長させ,敵側を制圧する。」という概要において共通している。

しかしながら,上記概要は,抽象的な粗筋の域を超えるものではなく,具体的なストーリーについてみれば,トラキアのストーリーは前記認定のとおりであり,被控訴人ゲームのストーリーは,「主人公リュナンはかつてリーベリア大陸に存在した4王国の一つであるリーヴェ王国のラゼリア公国の公子であるが,敵であるカナン王国と邪神ガーゼル教団が連合してできたゾーア帝国に祖国を奪われ,親友であり海賊の長であるもう一人の主人公ホームズとともに,祖国奪還の兵をあげる。リュナンとホームズは,それぞれの部隊を率いて行動し,リュナン隊は,祖国奪還を目指して帝国軍と戦い,ラゼリア公国を奪還し,リーヴェ王国を制圧した後,カナン王国との和平を実現する。ホームズ隊は,魔物,海賊,蛮族,魔竜等と戦いながら,リュナンを側面援助する。リュナン隊とホームズ隊は,何度か合流し,部隊編成等を行い,最後には,ガーゼル教国の神殿最深部の祭壇で再会し,復活した邪神ガーゼルを打倒する。」というものである。

このように,両ゲームは,ストーリーを抽象化した粗筋としては共通するが,この粗筋は著作物として保護するには抽象的すぎるというべきであり,著作物としての創作性を有する具体的なストーリーにおいては両ゲームは異なることは明らかである。また,証拠によれば,両ゲームは,各章ごとのストーリー展開という点においても,類似していないことが認められる。

ストーリーは,著作者が創作性を発揮し得る幅が大きいものであり,両ゲームのストーリーの創作性も高いと認められるところ,両ゲームはかかる創作性の高いストーリーにおいて相違しているということができる。

(5-4) 「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成とその各場面の表現

「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成及び各場面に関し,証拠及び弁論の全趣旨によれば,両ゲームは共通表現(4)記載の共通部分を有すると認められる。

上記認定によれば,「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成に関し,両ゲームは,①基本的には,プレイヤーがカーソルを操作して自軍ユニットを行動させる自軍ターンと,コンピューターが自動的に敵軍ユニットを行動させる敵軍ターンとを繰り返すことから構成される,②自軍ターンは,コンピューターにより戦闘マップ上に自軍ユニットと敵軍ユニットが自動的に配置され,自軍ターンであることを示す英文文字が画面上に表示されることにより開始する,③自軍ターンの基本構成は,自軍ユニットを,プレイヤーがカーソルを操作してユニット1人につきそれぞれ1回だけ行動させることからなっており,その行動としては,待機,攻撃,その他の行動の三種類がある,④自軍ターンにおける自軍ユニットの行動を終えたとプレイヤーが判断して,メインメニューから「終了」コマンドを選択すると,自軍ターンは終了する,⑤敵軍ターンは,敵軍ターンであることを示す英文文字が表示されて開始し,敵軍ユニットが,プログラムに従って自動的に動き,移動して待機したり,自軍ユニットに対して攻撃を仕掛けてくる,⑥敵軍ターンはプログラムによって自動的に終了し,自軍ターンが開始する,⑦自軍ターンと敵軍ターンは,各戦闘マップに設けられたクリア条件をクリアするまで繰り返され,クリア条件をクリアすることにより,当該戦闘マップがマップクリアとなる,という点で共通している。

このように,「戦闘マップをプレイする場面」を,プレイヤーが自軍ユニットを操作して行動させる自軍ターンと,コンピューターが自動的に敵軍ユニットを動かす敵軍ターンから構成し,両ターンが戦闘マップをクリアするまで交互に繰り返されること自体は,戦闘場面を中心とするゲームにおいてはごくありふれた構成にすぎず,自軍ターン又は敵軍ターンの表示自体も特に特徴的なものとはいえない。

また,自軍ターンにおいて,プレイヤーがカーソルを操作して自軍ユニット1人につきそれぞれ1回だけ行動させることができることは,よくあるゲームのルールにすぎず,その行動の種類が大別して,待機,攻撃,その他の行動の三種類であることも,戦闘場面を中心とするゲームとしては,一般的であるということができる。

なお,両ゲームは,戦闘マップ上の地形の属性に応じて地形効果が設定されてあり,「戦闘マップをプレイする場面」において,カーソルがある場所の地形効果が,小さな長方形状の枠として,カーソルが位置する場所とは左右反対の画面上方隅に表示され,その枠内には「平地」等の地形の属性と地形効果の数値が表示されている点で共通する。しかしながら,戦闘マップ上の地形の属性に応じて地形効果を設定すること自体は容易に想到し得るアイデアにすぎず,かかる効果を設定している他のゲームも存在する。また,画面上での地形効果の表示は,プレイヤーに対する情報提供であり,ユーザーインターフェースとしての性質を有するもので,アイデア及びその表現方法とも,特に特徴的なものとはいえないので,創作性があるとはいえない。

以上によれば,「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成とその各場面の表現に関し,両ゲームには共通する点もあるが,その全体構成はありふれたものであり,上記で検討した各場面の表現にも格別な創作性を認めることはできない。なお,「戦闘マップをプレイする場面」における待機,攻撃,その他の行動に関する共通部分については,(5ー6)以下で検討する。

(5-5) 控訴人らの主張する「本質的ストーリー」

控訴人らは,両ゲームは「本質的ストーリー」において共通すると主張する。控訴人らは,「本質的ストーリー」とは,プレイヤーが「戦闘マップをプレイする場面」をプレイした際に,ディスプレイ上に現れるプレイの遊戯内容を通じて感得されるものであり,プレイヤーに非常に強い感情移入を起こさせるものであると主張する。しかしながら,控訴人らが主張する「本質的ストーリー」は抽象的かつあいまいなものであり,甲442や494(いずれも控訴人イズの開発部担当者作成の陳述書)を精査しても,具体的な影像表現,ユニット,ストーリーなどとは別に「本質的ストーリー」の意義内容を具体的かつ一義的に把握することはできない。

もとより,ゲームソフトは一定の需要者集団を想定して,難易度が設定されているが,ゲーム全体の難易度のバランス自体を,著作権法上保護されるべき表現と認めるのは困難であり,当該ゲームソフトをプレイした結果,プレイヤーが当該ゲームソフトに強く感情移入するかどうかは,プレイヤー側の当該ゲームへの嗜好や熟練度にもよるのであり,当該ゲームに没頭する場合も,その理由はプレイヤーにより様々であると考えられる。したがって,プレイヤーに感得され,強い感情移入を起こさせるものとして「本質的ストーリー」なるものを,裁判規範を充填する明確かつ具体的なものとして把握することは困難であり,このように漠然とした「本質的ストーリー」なるものに表現性を認めることは躊躇せざるを得ない。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/