(他人の体験談をもとにした)「ルポルタージュ風の読み物」の著作物性

 

▶平成5年8月30日東京地方裁判所[昭和63(ワ)6004]▶平成8年04月16日東京高等裁判所[平成5(ネ)3610]

(四) 原告著作物[注:「目覚め」と題するルポルタージュ風の読み物]は、原告書籍で42字詰440行足らず約1万8000字の作品で、九章からなり、各章において、主に主人公や夫などの登場人物の会話や行動、あるいはその心理や思考を三人称体で客観的に描写する形式でストーリーが展開されるが、一部に主人公が著者に話し掛け、あるいは報告する形式の部分、著者が一人称で自己の目から見た主人公や夫等の客観的状況を描写し、愛、結婚、家庭、単身赴任、会社の社員支配等についての意見を開陳する部分が加えられた、ルポタージュ風の読物である。

その梗概をみると、第一章では、幸せだった結婚当時を回顧しながら、離婚したことに感慨に耽る現在の主人公が読者に紹介され、第二章では、主人公と元の夫との出会いから幸せな五年間の結婚生活の様子、第三章では、夫がサウジアラビアへ単身赴任を命じられ、赴任するまでの間の、同行を望む主人公と夫のやりとり、第四章では、主人公が事態の解決を女性グループ等の第三者に求めようとしたが、はかばかしい反応が戻ってこなかったこと、第五章では、主人公が、夫の会社に掛け合うが受け入れられず、積極的に他社の実情を調べ、不可能と思われた同国への女性の入国にも方法があると知ったこと、第六章では、主人公が夫の赴任先へ単身で赴こうとし、夫も主人公の後追い入国を受け入れる気持ちになるが、会社は夫を帰国させること、第七章では、夫の帰国後、主人公が就職したこと、第八章では、主人公が、次第に仕事に没頭し、家事の分担を巡り、夫と紛争を生じ、離婚に至ったこと、第九章では、離婚後、再婚した主人公の働く女、自立した生活者としての生活が、それぞれ描かれている。

(五) 原告著作物の内容の要旨を章を追ってみると、以下のとおりである。

(略)

2 右に認定の事実によれば、原告著作物は、原告がDの投稿やそれとは別に同人から取材した事実を素材に、会社の命ずる海外単身赴任が一組の夫婦に与えた波乱、夫の任地への同行を望む妻の積極的な行動とその過程で明かになる海外単身赴任の実情、企業が社員のみでなくその妻をも支配している状況、支配されている自分に屈辱を感じ、働く女として自立しようとする妻と、夫は仕事妻は家庭という伝統的役割分業観の夫との葛藤と離婚、妻を対等のパートナーと理解し家事も分担する夫との再婚を描き、現在の結婚の在り方に疑問を持ち、社会的に目覚めて自分の道を模索する妻の姿を示すもので、原告の意想、感情を創作的に表現した読み物であり、文芸に関する著作物として著作物性を有することは明らかである。

3 被告らは、原告著作物の全体については創作性を争うものではないものの、原告著作物が、Dの投稿や同人から取材した事実をもとにしていることを理由に、原告著作物中、Dの投稿や同人の体験談に表現されている話の展開と同一の、建設会社に勤務する夫がサウジアラビアに単身赴任を命ぜられ、妻が同行を願うが、会社から同国が危険で女性が暮らせるところではないとして拒絶され、妻が他の石油会社や商社を訪ね歩いて同国の実情を調査し、会社の掲げる理由が事実に反するものであることを知り、会社は家族同伴で赴任する自由を認めるべきであると考えるという部分については、原告著作物に特有の個別性ある内容ではなく、したがって、右の部分については創作性がない旨主張する。

しかし、他人の体験談をもとにしたものであっても全体として独立した一個の著作物として創作性が認められるものにおいては、右著作物中の他人の体験や考えと一致する筋、仕組み、構成の部分に著作物として保護するに足りる創作性がないとはいえないところ、原告著作物が全体として独立した一個の著作物として創作性が認められるものであることは前記1、2に認定した事実から明らかであるから、被告らの右主張は採用できない。

[控訴審同旨]

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