応用美術と著作物性/(携帯用)加湿器の著作物性を否定した事例

 

▶平成28年1月14日東京地方裁判所[平成27(ワ)7033]▶平成28年11月30日知的財産高等裁判所[平成28(ネ)10018]

[控訴審]

(1) 応用美術と著作物性について

著作権法2条1項1号は,著作物の意義につき,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定しており,そして,ここで「創作的に表現したもの」とは,当該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何らかの個性が発揮されたものをいうと解される。

控訴人らは,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2が,加湿という実用に供されることを目的とするものであることを前提として,その著作物性を主張する(著作権法10条1項4号)から,本件は,いわゆる応用美術の著作物性が問題となる。

ところで,著作権法は,建築(同法10条1項5号),地図,学術的な性質を有する図形(同項6号),プログラム(同項9号),データベース(同法12条の2)などの専ら実用に供されるものを著作物になり得るものとして明示的に掲げているのであるから,実用に供されているということ自体と著作物性の存否との間に直接の関連性があるとはいえない。したがって,専ら,応用美術に実用性があることゆえに応用美術を別異に取り扱うべき合理的理由は見出し難い。また,応用美術には,様々なものがあり得,その表現態様も多様であるから,作成者の個性の発揮のされ方も個別具体的なものと考えられる。

そうすると,応用美術は,「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)に属するものであるか否かが問題となる以上,著作物性を肯定するためには,それ自体が美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えなければならないとしても,高度の美的鑑賞性の保有などの高い創作性の有無の判断基準を一律に設定することは相当とはいえず,著作権法2条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,著作物として保護されるものと解すべきである。

もっとも,応用美術は,実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とするものであるから,美的特性を備えるとともに,当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要があり,その表現については,同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならない。応用美術の表現については,このような制約が課されることから,作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され,したがって,応用美術は,通常,創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が,上記制約を課されない他の表現物に比して狭く,また,著作物性を認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまることが想定される。そうすると,応用美術について,美術の著作物として著作物性を肯定するために,高い創作性の有無の判断基準を設定しないからといって,他の知的財産制度の趣旨が没却されたり,あるいは,社会生活について過度な制約が課されたりする結果を生じるとは解し難い。

また,著作権法は,表現を保護するものであり,アイディアそれ自体を保護するものではないから,単に着想に独創性があったとしても,その着想が表現に独創性を持って顕れなければ,個性が発揮されたものとはいえない。このことは,応用美術の著作物性を検討する際にも,当然にあてはまるものである。

以上を前提に,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2の著作物性を判断する。

(2) 著作物性について

ア 検討

控訴人加湿器1の形態は,本判決別紙4「控訴人加湿器1構成目録」に記載のとおりであり,控訴人加湿器2が控訴人加湿器1と実質的に同一のものであることは前述のとおりであるから,著作物性の検討に当たっても,両者は実質的に同一のものとみてよいといえる。

そこで,控訴人加湿器1についてみると,控訴人加湿器1は,加湿器を試験管様のスティック状のものとし(さらに,下端は半球状とし,上端にはフランジ部を形成する。),本体の下端寄りの位置に吸水口を設け,キャップの上端の噴霧口から蒸気を噴出するようにしたものであり,水の入ったコップ等に挿して使用することにより,ビーカーに入れた試験管から蒸気が噴き出す様子を擬するようにしたものである。この観点からみると,リング状パーツ5は,試験管に入った液体の上面を模したものとも理解され,このような構成自体は,従来の加湿器にはなかった外観を形成するものといえる。しかしながら,前述のとおり,著作権法は,表現を保護するものであって,アイディアを保護するものではないから,その表現に個性が顕れなければ,著作物とは認められない。加湿器をビーカーに入れた試験管から蒸気が噴き出す様子を擬したものにしようとすることは,アイディアにすぎず,それ自体は,仮に独創的であるとしても,著作権法が保護するものではない。そして,ビーカーに入れた試験管から蒸気が噴き出す様子を擬した加湿器を制作しようとすれば,ほぼ必然的に控訴人加湿器1のような全体的形状になるのであり,これは,アイディアをそのまま具現したものにすぎない。また,控訴人加湿器1の具体的形状,すなわち,キャップ3の長さと本体の長さの比(試験管内の液体の上面),本体2の直径とキャップ3の上端から本体2の下端までの長さの比(試験管の太さ)は,通常の試験管が有する形態を模したものであって,従前から知られていた試験管同様に,ありふれた形態であり,上記長さと太さの具体的比率も,既存の試験管の中からの適宜の選択にすぎないのであって,個性が発揮されたものとはいえない。

したがって,著作物性を検討する余地があるのは,上記構成以外の点,すなわち,①リング状パーツ5を用いたこと,②吸水口6の形状,③噴霧口7周辺の形状であるが,いずれも,平凡な表現手法又は形状であって,個性が顕れているとまでは認められず,その余の部分も同様である。

したがって,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2には,著作権法における個性の発揮を認めることはできない。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/