英和辞典からの文例選択行為を編集著作権の侵害と認定した事例

 

▶昭和59年05月14日東京地方裁判所[昭和50(ワ)480]▶昭和60年11月14日東京高等裁判所[昭和59(ネ)1446]

3 右認定の事実と成立に争いのない(証拠)によれば、被告Aが被告辞典に収録した文例の選択は、前記の新聞、雑誌を資料としたほか、各種の辞典、英語に関する文献を基準、参考として行われたものと認められるところ、これらの多くの資料の一つとして「要語集」が使用され、そこからも一部の相当数の文例が選択されたものと認めざるをえない。

右の「要語集」から一部の文例を選択した行為は、新聞、雑誌から文例を選択した行為と同視すべきものではない。なぜなら、新聞、雑誌は、英語の語法について一定の方針の下に文章が選択され、編集されたものではないことが明らかであるから、その膨大な文章中から特定の語法の文例を選択することは、独自の創作性を有する選択行為であつて、何ら新聞、雑誌の編集者の編集行為に依拠したものではないが、先行する同種の辞典中に掲げられている特定の語法の文例を同じ語法の文例として自己の編集する辞典に取り込む行為は、当該辞典の編集者が行つた選択行為に依拠したものというべきだからである。

【ところで、言語辞典のような編集物の編集活動は、主として、それ自体特定人の著作権の客体となりえない、社会の文化資産としての言語、発音、語意、文例、語法などの言語的素材を当該辞典の利用目的に即して収集、選択し、これを一定の形に配列し、所要の説明を付加することなどから成り立つものであるが、例えば見出し語に対する文例が多数ありうるものであつて、選択の幅が広いというように、当該素材の性質上、編集者の編集基準に基づく独自の選択を受け容れうるものであり、その選択によつて編集物に創作性を認めることができる場合と例えば見出し語に対する文例選択の幅が狭く、当該編集者と同一の立場にある他の編集者を置き換えてみても、おおむね同様の選択に到達するであろうと考えられ、したがつてその選択によつて編集物に創作性を認めることができない場合がある。そして、後者の場合、先行する辞典の選択を参照して後行の辞典を編集しても、それは共通の素材を、それを処理する慣用的方法によつて取り扱つたにすぎないから、特に問題とするに足りないが、前者の場合において、後行の辞典が先行する辞典の選択した素材をそのまま又は一部修正して採用し、その数量、範囲ないし頻度が社会観念上許容することができない程度に達するときは、その素材の選択に払われた先行する辞典の創造的な精神活動を単純に模倣することによつてその編集著作権を侵害するものというべきである。

以上の観点に立てば、前記の被告Aが「要語集」に収録された文例のうちから相当数の文例をそのまま又は一部修正して被告辞典に収録した行為は、原告の文例の選択に依拠し、これを模倣したもので【あつて、いわゆる盗作に当たるものというべく】、その限度で、原告の有する「要語集」についての編集著作権を侵害するものといわなければならない。

したがつて、前記の被告会社が被告辞典を発行した行為も、原告の有する「要語集」についての編集著作権を右と同じ限度において侵害するものであると認められる。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/