幼児の練習用箸(そのデザイン画を含む。)の(美術)著作物性及び侵害性を否定した事例

 

▶平成28年4月27日東京地方裁判所[平成27(ワ)27220]

1 原告各製品に係る著作権侵害(複製権又は翻案権)の成否について

(1) 原告各製品が,幼児用箸として実用に供されるためにデザインされた機能的な工業製品であること自体は当事者間に争いがないところ,原告は,これが「著作物」として著作権法による保護を受ける旨主張する。

(2) そこで検討するに,著作権法2条1項1号は,「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」旨規定し,同条2項は,「この法律にいう『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする」と規定している。そして,そもそも,著作権法は,文化的所産に係る権利の保護を図り,もって「文化の発展に寄与すること」を目的とするものである(同法1条参照)。これに対し,産業的所産に係る権利の保護については,工業上利用することができる意匠(物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるもの)につき,所定の要件の下で意匠法による保護を受けることができる(同法2条1項,3条ないし5条,6条,20条1項等参照)など,工業所有権法ないし産業財産権法の定めが設けられており,このほか,商品の形態については,不正競争防止法により,「実質的に同一の形態」等の要件の下に3年の期間に限定して保護がされている(同法2条1項3号,同条5項,19条1項5号イ等参照)。

以上のような各法制度の目的・性格を含め我が国の現行法が想定しているところを考慮すれば,実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではなく,同法2条1項1号の「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないというべきである。

なお,原告は,実用に供される機能的な工業製品やそのデザインであっても,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を肯認すべきである旨主張するけれども,著作権は原則として著作者の死後又は著作物の公表後50年という長期間にわたって存続すること(著作権法51条2項,53条1項)などをも考慮すると,上述のとおり現行の法体系に照らし著作権法が想定していると解されるところを超えてまで保護の対象を広げるような解釈は相当でないといわざるを得ず,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 前記前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,原告各製品については,①幼児が食事をしながら箸の正しい持ち方を簡単に覚えられることを目的とした幼児の練習用箸であり,このような用途・機能を有する実用品として量産される工業製品であること,②一方の箸には,人差し指挿入用のリング及び中指挿入用のリングが設けられ,他方の箸には,これら2つのリングよりは大きな,やや縦長楕円形の,親指挿入用のリングが設けられているところ,これら各リングが配置されている位置及び向きは,リングが上記3指の位置を固定して,正しい箸の持ち方の手の形になるようにするという目的に適った位置及び向きであり,人体工学に基づいて設計されたものであること,③箸本体を上部の円形部材等で連結させているところ,これは1本1本の箸を固定して箸先の交差を防止するという機能を果たす目的によるものであることが認められる。これら各点に照らせば,上記②のリングの個数,配置,形状等及び上記③の連結箸である点は,いずれも上記①の幼児の練習用箸としての実用的機能を実現するための形状ないし構造であるにすぎず,他に,原告各製品の外観のうち,原告が被告各商品と共通し同一性があると主張する部分を見ても,際立った形態的特徴があるものとはうかがわれない。そうすると,原告各製品が,上記実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えているということはできない(もとより純粋美術と同視し得る程度の美的特性を備えているということもできない。)。

なお,原告各製品について原告が保護を求めているところのものは,結局のところ,前示のとおり意匠法が意匠として保護を予定している量産され工業上利用可能な物品の形状等そのものであり,原告製品9と同一の形状とみられる意匠について現に意匠登録もされている(ただ,被告各商品の販売開始時期に比してその出願・登録が遅かったにすぎない。)ものである。

(4) 以上によると,原告各製品は,著作権法2条1項1号所定の著作物には当たらないというべきである。

したがって,被告による被告各商品の製造販売が原告各製品に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害するということはできない。

2 原告図画に係る著作権侵害の成否について

(1) 前記前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,原告図画は,原告各製品ないしこれに類似する製品を製作するための,あくまで工業用のデザイン画の域を出ないものと認められる。そうすると,原告図画は,「学術的な性質」を有する図面(著作権法10条1項6号)とはいえないことはもとより,前記1で原告各製品について説示したところに照らし,直ちに著作権法上の著作物に当たるとはいい難い。

(2) もっとも,原告は,「原告図画は,あたかも画家がスケッチするようなタッチで描かれたものであって,特にデザイン画中の影の表現等は絵画的な表現形式であり,美術の著作物に当たる。」と主張する。

そこで検討するに,原告図画について,前記(1)の原告各製品等工業製品の製作とは離れて,純粋に白黒のスケッチ画として見るとすると,3次元の被告各商品とは形状や色彩等において全く異なるし,仮に原告の指摘する影の表現等の絵画的な特徴をもって創作性を認めるとした場合,その特徴は被告各商品には何ら現れていないから,被告各商品から原告図画の表現形式上の本質的特徴は感得することができないというほかはない。

また,被告各商品が原告図画に依拠して作られたとの事実を認めるに足りる証拠もない。

そうすると,いずれにせよ,被告各商品が原告図画の複製にも翻案にも当たらないことは明らかである。

(3) 以上によると,被告による被告各商品の製造販売が原告図画に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害するということはできない。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/