物のパブリシティ権(競走馬の名称のゲームソフトへの無断利用が問題となった事例)

 

▶平成16年2月13日最高裁判所第二小法廷[平成13(受)866等]

2 本件は,本件各競走馬を所有し,又は所有していた1審原告らが,本件各競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物のパブリシティ権)を有することを理由として,1審被告に対し,1審被告が1審原告らの承諾を得ないで本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称等を使用したことにより上記財産的権利を侵害したと主張して,本件各ゲームソフトの製作,販売,貸渡し等の差止め及び不法行為による損害賠償を請求する事案である。

(略)

4 しかしながら,原審の上記判断のうち,上記3(2)については結論において是認することができるが,その余の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 1審原告らは,本件各競走馬を所有し,又は所有していた者であるが,競走馬等の物の所有権は,その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決参照)。本件においては,前記事実関係によれば,1審被告は,本件各ゲームソフトを製作,販売したにとどまり,本件各競走馬の有体物としての面に対する1審原告らの所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではないことは明らかであるから,1審被告の上記製作,販売行為は,1審原告らの本件各競走馬に対する所有権を侵害するものではないというべきである。

(2) 現行法上,物の名称の使用など,物の無体物としての面の利用に関しては,商標法,著作権法,不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。

上記各法律の趣旨,目的にかんがみると,競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく,また,競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないものというべきである。したがって,本件において,差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。

(3) なお,原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても,それらの契約締結は,紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど,様々な目的で行われることがあり得るのであり,上記のような契約締結の実例があることを理由として,競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。

(4) 以上によれば,1審原告らは,1審被告に対し,差止請求権はもとより,損害賠償請求権を有するものということはできない。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/