土地宝典の著作物性(詳細版)

 

▶平成20年01月31日東京地方裁判所[平成17(ワ)16218]▶平成20年9月30日知的財産高等裁判所[平成20(ネ)10031]

(注) 土地宝典は,個人又は出版社が法務局等に備え付けの旧土地台帳附属地図(「公図」)に旧土地台帳の地目・地積等の情報を追加し,編集したもので,索引図としての全図と対象地域を数枚に納めた切図とで構成され,関東を始め中部,関西,九州,東北地方の一部などで,原則として市町村ごとに1冊が発行されている。土地宝典の発行は,明治初期から開始され,現在も刊行が続いている。その発行者も多数名にのぼり,明治初期から現在までに確認された発行者として帝国地図を含む41名が指摘された文献もある。土地宝典に使用される原図は,①明治前期以降実施された壬申地券交付,地租改正,地押調査,地籍編成の諸事業で調整された地籍図類,②昭和26年の国土調査法の施行に伴う地籍調査事業による地籍図,③市区改正区画整理,耕地整理事業などにより新調された公図の3種類に大別されるものの,変更後の訂正が速やかにされる法務局の公図が優先して使用される。

 

1 争点1(本件土地宝典の著作物性)について

(1) 地図の著作物性について

本件土地宝典は,地図の一種であると解されるので,まず,地図の著作物性について検討する。

一般に,地図は,地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって,客観的に表現するものであるから,個性的表現の余地が少なく,文学,音楽,造形美術上の著作に比して,著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし,地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては,地図作成者の個性,学識,経験等が重要な役割を果たし得るものであるから,なおそこに創作性が表われ得るものということができる。そこで,地図の著作物性は,記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して,判断すべきものである。

(2) 本件土地宝典の著作物性について

本件土地宝典は,民間の不動産取引の物件調査に資するという目的に沿って作成されるものであり,次のような特徴を備えている。

ア 本件土地宝典は,公図を主要な素材の一つとするものではあるものの,地域の特徴に応じて,隣接する複数の公図を選択した上でこれらを接合して一葉内に収録し,より広範囲の地図として一覧性を高めて公図に記載された情報を表示するものであり,そのため,素材とされた公図の縮尺を変更し,また,複数の公図を接合する際に,公図上の誤情報があれば,必要な補正を施して,これを接合している。

例えば,公図の縮尺は一般に600分の1であるが,本件土地宝典の一部である甲29号証においては,一葉内に収録する範囲が各地域ごとに選択され,複数の公図が接合された結果,その縮尺としては,6000分の1, 5000分の1, 2500分の1という三つの縮尺が用いられている。

また,例えば,甲45号証は,本件土地宝典の一部とそれに対応する公図とを比較対照した原告A作成の報告書であり,その4頁以下には,右方に本件土地宝典,左方に公図(本件土地宝典に対応する地域の公図が複数枚にまたがる場合にはこれを接合した後のもの)という形で比較対照がなされ,34頁以下には,公図と本件土地宝典の表現との主要な相違点が具体的に記載されているものであるが,これによれば,公図が必ずしも整合せず,一部の土地が重なり合ってしまうような場合も,本件土地宝典においては,適宜整理して表示されており,また,公図の東西南北の向きも適宜修正されて接合されている。

さらに,例えば,本件土地宝典の一部である甲4号証の2,その中に含まれる土地の登記簿である甲4号証の1,その中に含まれる地域の公図である甲4号証の3及び甲4号証の4によれば,甲4号証の2の右方上部に記載されている富士宮市大中里字西ノ山2151番2の土地と2151番10の土地については,時期を異にする2枚の公図(甲4の3及び甲4の4)において, 土地の位置(地番の表示)が入れ替わって表示されており,公図上は地番表示情報が混乱しているのに対し, 本件土地宝典(甲4の2)の作成にあたっては,この異なる地番表示情報のうち,登記簿上の地積情報に適合する地番表示情報が取捨選択されて表示されている。

イ 本件土地宝典においては,素材とされた複数の公図が単に接合されているにとどまらず,公図記載の情報のうち,道路,水路,河川など公有地で民間取引の対象外となる土地やJRの鉄道敷地などについては,公図上の土地境界情報を記載せずに,白色ないし黒色等で一体的に連続して表示されている。また,本件土地宝典においては,地目や地積など登記簿に記載された情報の一部が取捨選択されて,地番についてはアラビア数字横書きで,地積については漢数字縦書きで,地目については独自の記号で表示されている。さらに,公共施設の位置情報など不動産物件調査の便に資する情報も適宜追加されて記載されている。

例えば,本件土地宝典の一部である甲4号証の2,その中に含まれる土地の登記簿である甲4号証の1,その中に含まれる地域の公図である甲4号証の3及び甲4号証の4によれば,甲4号証の2の右方上部に記載されている富士宮市大中里字西ノ山2151番2の土地について,土地の形状及び「-2」と表示されている地番といった公図(甲4の3及び甲4の4)に記載されている情報に加えて,地積(264平方メートル)及び地目(原野)という登記簿(甲4の1)記載の情報が取捨選択されて表示されている。また,公図(甲4の3及び甲4の4)によれば,この2151番2の土地と2151番10の土地の間には,2151番11の土地が存在するものと認められる。これに対し,本件土地宝典(甲4の2)においては,2151番11の土地は,これに隣接する2151番9の土地や2151番13の土地などとともに,単に帯状に白地化され,一体的に道路として表示されており,地番表示も土地境界表示もない。そして,本件土地宝典においては,この白地化された帯状の道路は,公図(甲4の4)において,「道」と表示された部分(右方下部の2158番6の1の土地と2158番13の土地との間において分岐し,2158番9の2の土地や2158番9の3の土地に接しつつ上方に伸びる「道」と表示された部分)と,右方上部の2152番4の土地に接する地点において,白地化された帯状の道路としてつながっている。すなわち,本件土地宝典(甲4の2)においては,公図上「道」と表示されたものはもちろん,公図上は「道」と表示されていない土地(例えば,上記の2151番11の土地,2151番9の土地,2151番13の土地など)についても,現況が「道路」であれば,道路の敷地となっている土地同士の境界情報を記載しないことを選択し,白地化された帯状の道路として表現しているものである。

また,例えば,前掲甲45号証において,本件土地宝典には,公図上は単に分筆された土地として表示されていても,現況が「水路」や「道路」ないし「JR鉄道」である場合は,黒塗りされた「水路」や,白地化された「道路」ないし「線路」として表示されている(なお,本件土地宝典では,公図上「鉄道用地」とされている土地についても,これと隣接する複数の土地とともに「線路」としての表示がされているものもある。また,本件土地宝典においては,公図にはない「公園」という情報や,公図の地番区域欄に表示されている「字」の情報が,地図上に表示されているなど,公図とは視覚効果の異なる表示方法が用いられている。

さらに,本件土地宝典の一部である甲6号証の1によれば,凡例として,「農協」,「郵便局」,「駐在所・派出所」,「警察署」,「学校」,「支所」,「役場」,「寺院」,「神社」,「墓地」,「橋梁」,「私鉄」なども列挙されており,実際に,本件土地宝典においては,公図に記載されている情報に加え,このような現地踏査の際に目印となりそうな公共施設の一部についてその所在情報が取捨選択されて,表示されているものである。

なお,凡例として挙げられている「同一親番」の情報は,公図に記載された情報ではあるものの,本件土地宝典においては,筆界に独特の記号を付すことで,公図とは視覚効果の異なる表示方法を用いていることが認められる。

ウ 以上によれば,本件土地宝典は,民間の不動産取引の物件調査に資するという目的に従って,地域の特徴に応じて複数の公図を選択して接合し,広範囲の地図として一覧性を高め,接合の際に,公図上の誤情報について必要な補正を行って工夫を凝らし,また,記載すべき公図情報の取捨選択が行われ,現況に合わせて,公図上は単に分筆された土地として表示されている複数の土地をそれぞれ道路,水路,線路等としてわかりやすく表示し,さらに,各公共施設の所在情報や,各土地の不動産登記簿情報である地積や地目情報を追加表示をし,さらにまた,これらの情報の表現方法にも工夫が施されていると認められるから,その著作物性を肯定することができる。

【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/