よく読まれています
ビデオゲーム「パツクマン」の映画著作物性が争点となった事例
▶昭和59年09月28日東京地方裁判所[昭和56(ワ)8371]
三 以上の著作権法の解釈に基づいて、「パツクマン」が映画の著作物の要件を充足しているか否かについて検討する。
1 表現方法
「パツクマン」は、テレビと同様に影像をブラウン管上に映し出し、60分の1秒ごとにフレームを入れ替えることにより、その影像を動いているように見せるビデオゲームであることは前判示のとおりであり、これが映画の著作物の表現方法上の要件である「映画の効果に類似する視覚的効果を生じさせる方法で表現されている」との要件を充足することは、前二における判示から明らかである。
2 存在形式
ビデオゲーム機の構造は前判示のとおりであり、要するに、ブラウン管上に映し出される影像は、絵柄、文字などすべてそのままあるいは分割してそれらを生ずる基本的には二進数の電気信号を発生できる形でROMに記憶されており、ブラウン管上にはROM中に記憶されているもの以外の絵柄、文字などが現われることはない。アトラクト影像及び挿入影像は、ROM中に電気信号の形で記憶されているプログラム(命令群)の多種、多様な命令が順次CPUにより読み取られ、右命令により、ROM中に電気信号の形で記憶されているプログラム(データ群)の中から抽出された各データがブラウン管上の指定された位置に順次表示されることにより、全体として連続した影像となつて表現される。アトラクト影像及び挿入影像は、このようにプログラム(命令群)の命令により順次プログラム(データ群)から抽出されたデータがブラウン管上に表示され、その影像はプレイヤーのレバー操作によつて変化することはなく、常に一定の連続した影像として現われる。
一方、プレイ影像は、プログラム(命令群)の多種、多様な命令が順次CPUにより読み取られることは、アトラクト影像及び挿入影像の場合と同様であるが、右読み取られた命令がそのままではなく、プレイヤーの操作レバーの操作によつて与えられる電気信号により変化させられて、これによりプログラム(データ群)中から抽出されるデータの順序に変化が加えられる。したがつて、ブラウン管上に映し出される映像もプレイヤーのレバー操作により変化する。しかしながら、プレイヤーが操作レバーを全く操作しなかつた場合には、常に同一の連続した影像がブラウン管上に映し出されるし、理論上は、プレイヤーが同一のレバー操作を行なえば常に影像の変化は同一となる。また、いかなるレバー操作により、いかなる影像の変化が生ずるかもプログラムにより設定されており、したがつて、プレイヤーは絵柄、文字等を新たに描いたりすることは不可能で、単にプログラム(データ群)中にある絵柄等のデータの抽出順序に有限の変化を与えているにすぎない。
そうすると、アトラクト影像は、挿入影像及びプレイ影像のいずれについても、プログラム(データ群)中から抽出したデータをブラウン管上に影像として映し出し再現することが可能であり、その意味で同一性を保ちながら存続しているといいうる。
以上によれば、「パツクマン」のブラウン管上に現われる動きをもつて見える影像は、ROMの中に電気信号として取り出せる形で収納されることにより固定されているということができる。
3 内容
「パツクマン」の内容は前判示のとおりで、これに「パツクマン」の写真であることにつき当事者間に争いのない(証拠)によると、「パツクマン」にはパツクマンと四匹のモンスターが登場し、このうちパツクマンは円形で一方向に口と目があり、口は進むのにあわせてパクパクと開閉し旺盛な食欲で次々にエサを食べていくこと、四匹のモンスターはそれぞれの進み方に規則性があり、ヒラヒラした裾と目があり、それぞれが別の彩色を施され、ユーモラスな印象を与える表情をしていること、そしてパツクマンがエサを食べる際のしぐさ、あるいはモンスターに食べられて消滅する際の有様、またモンスターが逆にパツクマンに食べられて目だけになつて巣に逃げ帰る際のしぐさ等の影像の動的変化、プレイヤーがゲーム機にコインを投入した際あるいは一定条件を満たした際に演奏される目録の楽譜の音楽とによつて表現されているところは、「パツクマン」に独特のものであることが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。そうすると、ビデオゲーム「パツクマン」は、著作者の精神的活動に基づいて、その知的文化的精神活動の所産として産み出されたものであり、著作物性を有すると認めることができる。
なお、ビデオゲームのソース・プログラムがその作成者の独自の学術的思想の創作的表現であり、著作権法上保護される著作物に当り、オブジエクト・プログラムは右ソース・プログラムの複製物と認められるということが、ビデオゲーム機の表示装置上に表示される影像の動的変化又はこれと音声とによつて表現されているところを映画の著作物として保護することができるか否かの判断に影響を及ぼすことはないというべきである。なるほど、例えば、シナリオ等言語の著作物に基づいて映画の著作物を創作する場合には、映画化の段階で新たな著作活動が加えられるのが通常であり、一方、ビデオゲームの作成において、言語の著作物としてのソース・プログラムを創作し、これをオブジエクト・プログラム化してビデオゲーム機のROM中に収納した場合、このオブジエクト・プログラムを忠実に実行すれば、表示装置上にソース・プログラムが意図したとおりの影像の動的変化が表示され、ソース・プログラムひいてはオブジエクト・プログラムの影像化のためには何ら新たな著作活動は加えられていないといいうる。しかし、言語の著作物と映画の著作物とはその外部的表現形式、存在形式の相違によつて別個の著作物性を有するものとして著作権法上規定されているのであつて、影像の動的変化又はこれと音声とによつて表現されているところそのものが著作物としての創作性を有していると評価でき、これに固定性の要件が加われば、映画の著作物と認めるに充分というべきである。したがつて、ビデオゲームのソース・プログラムに言語の著作物性を認め、これをビデオゲーム機により実行して映し出される影像の動的変化又はこれと音声とによつて表現されているところを映画の著作物と認めることは、著作物性をとらえる観点が全く別個であるということを意味するにすぎず、一箇の著作物を法的に二重に保護することにはならない。
【より詳しい情報→】http://www.kls-law.org/