■現代美術開拓した足跡
 絵画の歴史を遡(さかのぼ)ると、その人の登場で後の人はみな影響をまぬがれなかった、という偉大な作家にぶち当たる。米のジャクソン・ポロック(1912~56年)がその一人だ。キャンバスに塗料をまき散らす手法ポーリングで革新をもたらし、絵画の段階を近代から現代へと進めたのである。愛知県美術館(名古屋市東区)で始まった「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」は、日本で初めて開催にこぎつけた画期的な回顧展だ。

 ポロックが40年代初めから使い出したポーリング。画面全体を均質に覆う形へと発展し、「中心-部分」「図-地」という従来当たり前だった絵の概念を打ち破った。そうして描かれた線は対象の輪郭をなすのではなく、線そのものを表現する。ピカソも達しえなかった、イメージの再現ではない“描くために描く絵”を打ち立て、モダンアートに新次元をもたらしたのである。

 しかし同展の冒頭、自画像とされる絵(1930~33年ごろ)を見ると、“米国文化のヒーロー”とは対極的な陰鬱さに驚かされる。暗い中、見開いた目は焦点が定まらず、不安にあえいでいる。ポロックは家族との葛藤を抱え、若いころからアルコール依存症に陥り、30~40年代、精神分析医の診療を受けた。その過程はポブランド コピー
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ロックに無意識の領域をのぞかせる。

 また戦前から戦中、米国には欧州から逃れてきたシュールレアリストたちがいた。ポロックは彼らと交わり、理性を介さず意識下を表現するオートマティスムの考えに影響を受けた。こうした体験を触媒に、ミロ、ピカソらに感化された作風にいたポロックは、ポーリングへ飛躍を遂げる。

 今展最大の作品「インディアンレッドの地の壁画」(縦1メートル83センチ、横2メートル43センチ)は、ポーリングの絵画が頂点に達した1950年の傑作。れんが色の地に白、黒、赤など数色の塗料がたらされ、まかれ、散らされた。それぞれの線は、描く動作のリズムを映してカーブを描く。重層的な線の運動が、立体性と時間の感覚を生み、視線をとらえて離さない。

 アクションペインティングといわれるポロックの制作は、床にキャンバスを置き、周りを歩いて四方から塗料を筆などでまき散らす。その時、「自分が何をしているのか気づいていない」とポロックは述べ、オートマティスムの要素が現れている。
 しかし、「ポロックは即興的に描いたが、無意識や偶然だけではない」と同館の大島徹也学芸員は言う。制作の記録映像にも思考の一瞬が見てとれる。「ポロックは無意識と意識、偶然と必然-の間で微妙なやりとりをした。さめた頭ではできない可能性を追求し、偶然性を取り入れたのだろう」。リスキーな手法にポロックは自分を没入し、絵画の壁を破った。

 絶頂期を過ぎた50年代のポロックは、基本的に黒一色で具象性を復活させた「ブラック・ポーリング」へ移行した。が、十分に展開しえないうちに飲酒運転事故を起こし、44歳の若さで死んでしまう。

 会場には塗料の跡も生々しくポロックのスタジオが再現されている。美術史の傑物で、現代人に最も新しい記憶を残すポロックの生涯をたどる、またとない機会だ。平成24年1月22日まで。(坂下芳樹)