私は数年前までは自分のために生きていた。
ピアノが好き。
本と旅行が好き。
好きな人に振り向いて欲しい。
実家と母が幸せになってほしい。
仕事で認められたい。
でも、そうもいかなかった。周りの環境はどんどん変化し大切な友達とも気軽に会えなくなり、好きな人は好きな人をつくって故郷に帰っていった。
私が大切にしていたものは周りはそこまで大切に思っていなかった。
変化をしたくなくても変化はやってくるし、そうして人は前に進んでいかざるを得ないのだ。
そう気がついて私も前に進んだ。
そして結婚して、幸せ一杯かといえばそうではない。
仕事が辛くて、大好きなピアノも忘れて本もあまり読まなくなって自分という入れ物が軽くなってしまったように感じた。
夏の木漏れ日溢れる森の道も、流れる風も、自分という入れ物を満たしてくれる大事な要素だったはずなのにいつの間にか忘れてしまった。
母の寂しそうな横顔も、後輩の大きな決断後のガランとしたデスクも、責任に吐き気をもよおす職場もモヤモヤをつれてくる。
本当の私はどこにいった?
私は子供さえいればそれが解消できるとほんの少しだけ思っている。
守らなければならないなにかの存在があれば。
だけどそれは依存であり解決にはならないのだろう。
すべてが中途半端で大事な決断はだいたい旦那さんに擦り付けてどうしたいのか決断をせずに悶々としている自分がいる。