久しぶりに昔とても好きだった人の夢をみた。それはとても幸せな夢だったはずなんだけど内容は忘れてしまった。

 

今回私は久しぶりに恋をして、色々と考えた。

 

昔心から好きだった人、好きになろうと努力しながら付き合ってみた人、そして今回恋をした人。

 

昔好きだった人は、自分に似ていた。じたばたしながら飾りなく生きている姿に魅かれてしまった。それは、自分の合わせ鏡。悪く言えば傷のなめあい。

 

好きになろうと努力した人は、私はどうしても気持ちを寄り添わすことができなかった。今考えれば彼は精一杯私を好きでいてくれて、でもとても不器用で私をどう扱っていいのか途方に暮れていたのだと思う。

 

それを私は理解しきれず、お互いに遠慮しあって傷つけあってそして破たんしてしまった。

 

今回恋をした人は、じたばた感がない。心がとても穏やかで、安心して自分を出せるし相手を気遣うことができる。(まだ、好きだの付き合うだのまでは一切いってないけど)

 

そこで気が付いたこと。

 

みんな、婚活での出会いではないのです。私が一生懸命周囲の人とかかわろうともがき行動してきた末に生まれたご縁。

 

そして、大体は私は私の「好き」をとても重要視している。

 

婚活お見合いはまず条件が気になってしまう。年齢、年収、勤め先、居住地、たばこ、家族。

 

全然心が動かないし、お互いに条件を気にし過ぎてしまってその人をまるで商品みたいに品定めしてしまう。

 

でも、それもある意味仕方ないことなんだよ。だって「結婚」するんだもの。結婚をしたいから失敗しないようにいろんなことを鑑みて、そしてその先にそのご縁を育てていく。

 

お見合い上等。なんの間違いもない。みんな真剣。

 

 

だけど、私の性質ではそれを受け入れることができなかった。恋をすると条件なんて一切気にならなくなるけど、でもそれは恋をしたから。

 

恋をするには時間がかかるし、お相手がそこまで待ってくれる確立は年齢が上がるほどに難しくなる。

 

現に婚活サイトでやりとりしてた人は私がこのスタンスなのを「とても失礼な行為」として途絶えてしまったこともある。

 

みんなそれだけ真剣だ。私だって私の価値観で言えばかなり真剣だ。

 

でも、人の価値観はそれぞれで、だから恋愛も結婚のスタイルもそれぞれで。

 

それでいいと思うけれど、こと婚活となると色々な制約やマナーや世間の言葉にがんじがらめになってしまう。

 

それで活動できて、結婚相手を見つけられて幸せになる人もたくさんいるけれど、それに乗り切れなかった人は「おかしい人」だとか「間違ってる人」だとか「だから結婚できないんだ」とかマイナスイメージで固められてしまうことはどうにも苦しい。

 

私の一意見だけど、私は真剣に婚活しています。

 

でも、私は好きな人と一緒にいたいです。たとえ、それでは時間もかかるし年齢が上がるにつれてそんなこと言ってられなくなって選べる立場でなくなると世間にはじかれようとも。

 

私は私の心が恋した人と一緒にいたいです。ちょっと恋愛関係を築くのがへたくそでよくその関係を自ら壊してしまいがちだけど。

 

でも、それが私の婚活でありそこに学びもある。

 

私は人と人との出会いや関わり、新しいチャレンジ、環境の変化を受け入れる覚悟がある。

 

その道半ばで恋ができる。素敵な人とのかかわりがある

 

そのことが少しづつだけどわかってきた。

 

だから、私は、私の婚活をしていく。

 

あなたに恋をして。あなたかかわっていくことで。それがいい。