ここ最近、出会いとか婚活とかをやっとこ本腰を入れて始めたのですがそこで気が付いたことがあります。
私という人間について。
私は昔から自分のことが信用ならなくて、何事も人の意見を聞いてから行動するような人でした。だから自分が主役をはるよりも、裏方で人目に触れないけどコツコツと仕事をするような職人のような仕事にあこがれていました。
でも、これがあだとなって30を過ぎることから自分のアイデンティティーが崩壊して死ぬほどの苦しみを味わうこととなるのですがその時は気が付くことができませんでした。
そんな陰気な私だけど、人付き合い(特に異性に関して)はまったく逆の性質がありました。
そう、私は人の好き嫌いが本当にハッキリしている人なのです。
好きな人は熱烈に好き。嫌いな人は本当に受け入れられない。。。はい、お見合いには致命的。
そして物事に意味を過剰なまでに求める。
たとえば私はヨガが好きだけれど、なぜヨガが好きかといえば自分を内観できるから。
心が砕け散りそうで、イライラしてどうしようもないときにヨガをするとやっとこ自分を踏みとどまることができる。
(唐突だけど)私は荒川弘のマンガ「銀の匙」が嫌い。なぜなら、自分が高校時代に本当はやりたかった友達との青春がまったくなくて、あの漫画にはまさに青春とこれからの輝く未来が描かれているから心が苦しくなって読むことができない。
みたいに、好きなものにはそれなりのとことんの理由。嫌いなもの、苦手なものにはそれなりのとことんの理由を持っている人なんです。
だからお見合い相手が○○を好き、というとなんで?なんで?って。
うーん、なんとなく?とか。
今の自分の楽しみとか悩みとかをそれとなくはなして、相手のそういったことも聞きたい、そして相手の感情を知りたいと思うけどなかなか、1回、2回あったぐらいではわからないし、わからないと私は怖くて手を引いてしまう。
感情が動かない。
昔好きだった人はそこがとても豊かな人だった。人見知りだけど自分が好きなものがはっきりしていたし、そういった話題になると熱くそれを語れる人だったっけ。
自分の価値観、興味とまったくおんなじものを他人に求めることは不可能だとは思うけど、根底の価値観が似ている人が私はいいなと思うなあ。
私が癖のある人間だから、結婚できないし、相手に対して好き嫌いばっかり言ってる最低なやつなんだろうけどどうにも、自分はこういう人間なんだってことが分かってきた気がします。
わかってから、どうするんだろうね?