感動するために読むもんなんだよね
148:乱交☆うさぴょん ◆3P5PmUSAGI:2007/11/24(土) 17:50:09.11 ID:LX0x8OX80
ケータイ小説を色々読んだことあるわけじゃないので、基本的に恋空に限った話にしとく。
あれは文学かって論議が各地で見られるけど、ちょっとそういう論議の対象外だと思うんだよね。
まず、全体的にただの状況説明と会話文しかない。要するに表現がないんだよね。表現してない。
んでま、なんか多くの人が感動したっていうんだけど、その感動がわからない人にはわからないから、
話がこんがらがるんだけど、あれは読むと感動するんじゃなくて、感動するために読むもんなんだよね。
いやだから、何が良いたいかってーと、エロ本と同じなんだなと。
「よーしパパ、今日はオナっちゃうぞー」ってとこから始まって、一球入魂の思いでメディアと向き合うわけじゃないですか。
発射するためのきっかけ作りとして容易されてるAVとか漫画のストーリー性や文学性について語るアホがいますか?
中田氏して妊娠しないかとか、レイプして訴えられたらとか、
この状況でエロスになる登場人物の心の動きとか考えないでしょ。そのへんは大幅にうやむやにしたまま、
目の前のおっぱいにイチモツを輝かせるのが目的なんだから。
恋空で感動したってのも似たようなもんじゃなかろうか。まあオナヌほどは一つ一つの動作に手間がかからないし、
むしろ電車の中で気軽に摂取できることが利点なわけだけど。
ともあれ、エロ本と同じで脈絡はなくてもいいから、感動するきっかけになるようなポイントがちりばめてあればいいわけだ。
ストーリー全体の流れとかあまり重要ではないから、支離滅裂になっててもいい。
とにかくいたいけな少女が不器用なイケメンに恋して波乱に巻き込まれればいい。
読みにくいと考えさせられちゃうからかえって良くない。
感動のケータイ小説ってのは、多くの読者の感動のツボをおさえたの引き金の集合体なんじゃないかしらという話。