研究授業を前に思うこと | 水色のタオル

水色のタオル

並の教師で終わりたくない。。。

エラい久しぶりになってしまっているな。

約1ヶ月振りか。。。

このごろは,いろいろありますね。


さて,今年もやります。

校内研の全研(学校の先生みんなが見に来る研究授業)。




なんか最近,特に先週は,不安で仕方がなかった。

まあ,参観日もあったしね。


正直,「なんでこんなに一生懸命やってるんだ?」って考えたこともあった。

「楽しく先生できたら,それでいいんじゃない?」みたいな考えに触れて,自分が揺れました。


でも,そんな自分は嫌なんですね,僕は。

仕事っていうか,教職に対して,そんな考え方で向き合いたくないと思うんです。

そんなに軽く考えられない。そんな風に言葉にできない。

やっぱり,それぞれの家庭で大切に育てられている子どもたちを預かっている立場であって,

この職に就いて,未だ1年,2年で楽しければそれでいいって考えられない。

なんかね,自分の中で,1つぐらいは,ちゃんと向き合っていたいのよ。

それが,バスケだった時もあるし,受験だった時もあるし,教育であることもある。


そこの哲学みたいなものは,譲れないな,どうしても。

いまは,やっぱり仕事に向き合っていたい。

そのうち,良い出会いがあれば,また他のものに目が向くかもしれないけど。

自分が自分であること。

自分の将来を考えると,わくわくするということ。

そう視点でみると,やっぱり,教職をいまより軽く考えることは出来ない訳です。



もう一つ。書きたいことがある。

それは,研究授業について。

正直,不安でした。何が不安かも分かんないっていうかんじで。

漠然と「うまくいかなかったら,どうしよう」って考えてた。

うん。やっぱり,不安だ。


でも,今日,録りだめていたTVを観ていて,思ったんだ。

「上ばかり見ていても,疲れる。たまには,他の世界も覗いてみよう。」

ここんとこ,ずっと恩師や師匠って呼べる先生や,尊敬できる先輩ばかり追いかけて,見てきた。

そう,上ばかり見てきたの。それで少ししんどくなったんだな。

まあ,下を見て,安心するより良いけど。

教採もあったし,なんか他の業界,世界に触れる機会がなかった。

そうなんだよね。

上を見て,一生懸命やることも必要だと思う。でも,それだけでは,やってられなくなる。

だって,なかなか近づけないんだもん。

そういう時,他の分野で活躍している人を見ると,元気がもらえる。

「自分も頑張ろう」って思える。

その時間をいままではなんとなく過ごしてきたけど,いまは大切な時間だったと分かる。




今日観たのは,「情熱大陸」

昔も今も変わらず,観ています。

東大地震研の大木聖子氏。

3.11以来,風当たりが強くなった地震学者。

その中でも,一般国民に地震研究の研究成果を知らせることーアウトリーチについて研究している。その分野の第一人者。

3.11を予測できなかった無力感や,地震研究所内でのゴタゴタなど,大木先生はとてもキツい1年を過ごしてきた。

仕事を辞めることも考えたという。

でも,仕事を続けようと思えたのは,被災者の存在だった。

家や家族を失っても,生きようとする人がいる。

自分がここで挫けるわけにはいかない。

「コケる時も前のめりで」


この放送を観て,マザーハウスの山口理絵子を思い出した。

「バングラデシュの人たちが自分に問いかけているような気がした。「君はなんでそんなに幸せな環境にいるのに、やりたいことをやらないんだ?」と。他人にどう言われようが、他人にどう見られ評価されようが、たとえ裸になってでも自分が信じた道を歩く。それが、バングラデシュのみんなが教えてくれたことに対する私なりの答えだった」



現在の自分にできることなんて,たかが知れている。

その「たかが知れていること」を積み重ねる中で,見えてくることがあって,失敗してまた投げ出したくなることがあって,,,その先にしか見えない世界がある。

そう,失敗や挫折は,「成長」に必要なものだと思う。

いまは見えないけど,やってみて,見えるものがある。

それは,やってみないと見えないものだから,早くやってみて見た方がいいに決まってる。


そのチャンスを掴んだんだ。感謝しよう。

そのチャンスを掴み損ねたんだ。次は掴めるよう,努力しよう。



うん。いい感じに研究授業の準備ができそうだ。

長くなった。最後まで読んでくれて,ありがとうございました!!