待つ姿勢 | 水色のタオル

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並の教師で終わりたくない。。。

校内研の研究集録をまとめていたとき、学年主任が僕の授業の写真を見て、

「先生の待つ姿勢がよくわかる写真じゃなあ」

と言った。確かに、「待つ」ということを僕は大切にしていた。

でも、いまはどうかと言うと、全く待ててない気がする。

最近の自分を顧みると、自分自身に落ち着きがない気さえする。

そもそもどうして僕が「待つ」ことを大切にしていたのかと言うと、それは教育実習の担当教官の影響だと思う。

「待つ」「聴く」「見守る」

これは、大瀬校長の教育観に重ねるところがあると思うけど、最近は全くできていない。


勉強会に行き始めて、子どもを上手に動かす為の手立ての話を聞いた。

「これがダメなら、これを試してみて」

あれがダメなら、これ。これがダメなら次はこれ。という風に、どんどん手立てを打っていく。

確かに、これはこれで有効な気もするけど、、、

まあ、野中先生も、「子どもたちは厳しい先生を実はけっこう好き」みたいなことを言っているように、安心して生活できるきまりやシステムをきちんと教師が作ってくれることを子どもたちは望んでいると思う。

一理ある考えだ。


でも、「待つ」「聴く」「見守る」という姿勢も同等だと思う。

目先の成果にとらわれすぎて、子どもたちとの関係を犠牲にしてしまっていないか。

どの子どもにも同じように接しているか。

子どもに対しての謙虚さがあるか。

もっと見つめ直さないといけない。


まず、なにができるか。

明日からの一週間何をするか。


以下の3つ。


① 出来ている子をほめる

② しからないけど、ゆずらない(柔らかく声をかけ続ける)

③ みんなと遊ぶ(最近、男子と遊んでないな)