検査入院が終わり、冬休みに。
しっかり食べる。
それが一番の治療法です。
でも、食べるとしんどくなる恐怖。
今日はこれだけカロリーを取ると決めた目標も
達成できないと、どんどん目標値が下がります。
楽しみだった、
毎年恒例のクリスマスとお正月のイベント
クリスマスにはホテルにブッフェへ!
その日だけはと思い、
しんどくなるのを覚悟で食べました。
この時の私にはお腹が空くという感覚はなく、
昼ご飯は夜のためにほとんど食べませんでした。
ブッフェでも、出来るだけ水分は取らず、
食べるのに必死。
この時はそこそこたべたけど、
帰りの電車では気持ち悪くて吐きそうに…
お正月にはおばあちゃんの家へ
出前のお寿司を食べた後、みんなでビンゴ大会!!
この時も、おばさんのお土産やお寿司はそこそこ食べましたが、夜ご飯はほぼ食べれませんでした。
年が明ける頃には体重がますます減り、
39kgになってました。
もうこれ以上は自分では無理と判断し、
先生に相談したところ、
経管栄養で体重を増やす方法を取ろうということに。
この方法は、在宅では出来ないといわれました。
何故なら、胃ではなく腸に栄養を入れるので、
チューブが細く詰まりやすいし、
入れるのが大変だから。
やるなら、1ヶ月くらい入院してとのこと。
これを父に話をすると、
もう最初はほんまに食べられへんのかと言われ
反対されましたが、
ちゃんと食べれて治るまで退院しないという
約束で入院することに決まりました。
私はこの時、多分悪と善の心がすでに出来てました。
お腹が空かない、しんどいことを言い訳に
食べる量を減らしてもいいという
甘い気持ちが出来ていました。
前に友達に言われた、
足が細くて綺麗とかって言う言葉が嬉しかったこともあり、この時のスケジュールにはこっそり、
1450kcal以上1700以下と書かれてたり、
160cm45kg以下と書かれてたりしました。
体重を増やして病気を治す気持ちとともに、
病気が治っても、綺麗な体型でいたおという気持ちが
芽生えてました。
それは痩せれば痩せるほど、
病気を治す気持ちと、痩せた体で痛い気持ちの比率が
変わっていきました。
それでもこの時はまだ、
自分が好きなものを食べれないことに
イライラしてたし、
2年生からは普通に学校に行きたいから、
入院を選びました。
でも、入院したら、親にもっと自分を見てもらえる。
私に寄り添ってくれる。
そんな気持ちと、入院ってどんな感じだろう
っていうワクワクもありました(−_−;)
私が入院すると、
弟にも余計に迷惑がかかってしまうことはわかってましたが、それでも、
私の悪の心には勝てませんでした。
今から考えれば、家で経管栄養ができないのも
変な話ですが、まあ過去のことを言っても仕方ない
なんでこの時こんなことを。
なんてことはたくさんありすぎる。
この時から、パパと話し合いをするのはすごく
ドキドキすること…
そして、今までの何10回の話し合いで
身についたこと学んだことはたくさんあります。
