
ブログネタ:100年前と100年後、どっちを見たい? 参加中私は100年後派
ちなみに100年前はどんなことがあったのかな?と思い1915年のwiki記事を紐解いてみれば時は大正4年。
世界は第一次世界大戦真っ只中で、ドイツがツェッペリン飛行船で英国を爆撃したりUボートで客船ルシタニア号に魚雷攻撃してたりかなりの無茶してた。第二次大戦後ドイツが何かと言うと映画の中で悪者にされるのは、同年に毒ガス攻撃したりとか、ここいら辺の印象が積み重なったからかしら。
そして、この年の11月がフランスの思想家ロラン・バルトのお誕生日で。ギタリストのレスポールは6月の生まれ。日本ではグラフィックデザイナーの亀倉雄策が4月の生まれ。あの東京オリンピックのポスターの人です。
アインシュタインが一般相対性理論を発表するのはその翌年のこと。
そして日本に理化学研究所、略して理研が創立されるのはさらに翌年の1917年のことであります。
1917年と言えば清のラストエンペラー溥儀(ふぎ)が復辟(ふくへき)と退位を宣言したり、日本政府は第一次世界大戦の権益が気がかりで絡みたがってるけど大陸情勢にかかりきり?な感じでありまして、後述のその時の空気感はこのために生まれたのではなかろうか。
1915年の出来事に話を戻せば芥川龍之介が羅生門を発表した年であります。
むふー!。
なかなかにこの時期の世界も日本も馥郁(ふくいく)たる香りを嗅がしてくれる、
特にwikiにあんまり掲載のない.つまり特筆事項のあまりないのんびりした印象の日本国内の空気感と言うのも、ちょっと良いなあと思う。モガ・モボの時代で、まだハイカラさんは居なかったのかな?。
しかしこれだと、せっかくのタイムトラベラーと言うか、これではレトロ趣味の単なる観光者であり、史実通りに歴史が運行しているのか確認するのはあまりクリエイティブな感じがしない。
過去のタイムトラベルで際どさを感じさせるのは、現代のテクノロジーを過去の特定の年代に送り込んだら?な設定で始まる、戦国自衛隊とかジパングとかの映画や漫画のフィクション群でしょう。
全く無茶なこと思い付きやがるぜ。
と言うわけでやっぱ100年後にGO!です。
言っておくけど未来へ行くってことは、事細かい事情も含めて、自分だけ時代遅れになるってことです。ネクタイは二重に締めなきゃいけないかもだし、靴紐は自動でしまって当然!かも。
「なんで君だけ違うカッコしてんの?」って突然誰何(すいか)された時の答え方も用意しときましょう。
自分は本当に人工知能は人間の能力を超えてしまって、人間との関係はどうなってるか見届けたいです。
超越者なのか支配者なのか、それとも友達なのか。その時に備えて頭を柔らかくして置かねば。
もちろん目の前にある機械がどんな働きをするかとか素早く理解したい。
例えばタブレットのせいでパーソナルコンピュータと言うものはちょっと一般向けの装置ではなくなり「ワープロ専用機」の仲間になった。
例えば電気髭剃りとマイクロホンは現在棒の先端に金属で出来た網がついてるって点で似ているけど、これらが各々この先どのように進化していくかは全く想像できない。
髭剃りとかは薬品で髭を処理してしまうため不要になるかもしれない。
はてさて、機械が人間から仕事をどのくらい奪ってしまっているか、もしくはもう労働をしなくなっているか。それで貧困しているのか、遊んでばかりで言葉も筋肉も退行しているのか?。
これも見ておきたい。
手塚まんがだと、ロボットの存在は人から仕事を奪うものって社会的認識だけど、やはりそんなディストピアになっちゃうのかな。
人工知能の人格を認める社会がどのような哲学的裏付けの元成り立っているのか。
知りたい。
そしてそれらは見て良い結末なのか。
行った先々でマトリックス世界のような人間乾電池とか【閲覧注意】ものを見てしまうのも辛いなぁ。
帰ってきて、もし自分が「コンピューター排斥運動」とか始めてしまうと、これはこれでタイムパラドックスであります。
それを誰かに話すのもご法度なんでしょう?。
