ブログネタ:自分へのごほうび何が欲しい? 参加中本文はまだまだここから
自分への報酬?。
この言葉を聞いてこそばゆく感じるのは自分が男性だからでしょうか。
ともあれ、自分は社会的な評価に飢えているらしいので、
誰かから自分の行為を肯定されたり褒められたりすると、いちお、照れた態度をとったりはしますが、
それでもそう言うのを一番嬉しく思ってたりしてます。
何か仕事で旨いこと進んだり、仕事以外で言えば、例えばブログネタで番付が進んだりすると、
それが何よりもの満足感の得られるご褒美であって、
正直モノを貰うよりも嬉しく思ったりします。
(モノはたまってくると憂鬱のネタになりますからね~。かつての報酬物をダンシャリしたくはないですし)
それだけで充分であり。かつ、それだけでグイグイと次に進む原動力たりえます。
自分へのごほうびって言葉は誰が発明したのでしょうか。
旨いコピーですよね。上手な言葉で露骨に消費を煽っています。
つまり自分で自分に対する「無駄遣いの承認」するって行為を前向きにとらえたモノであります。
ここに、こそばゆさを感じちゃったんでしょう。
夢を見てますか?。精神的な報酬系、つまり夢ってのは、
自分の経済的可処分範囲の、つまりミニマムな限定範囲とは規模において比較になりません。
(自分の国家を作りたいとかって破天荒なんでも、いいの。夢だから)
ので「自宅のパソコンスペースが16畳くらいのアトリエまでに拡張出来たらいいな~」って
実現可能か不可能かギリギリの将来展望的な目標と比べ、
「自分へのごほうび」ってなぁ「上限2~3万円の範囲で服とかアクセとか食事とか?」な
月々の決済可能な範囲に限られている。
なんかその場その場の消費で、自分への投資ってニュアンスがない。
や、もっと上を向こうよ。です。
自分へのごほうびも、それはそれで悪くない。
消費によって社会にお金を回し、停滞しがちな経済への潤滑剤になってると思うの。
でも、いま。なんか国を挙げてみんな生産が停滞しちゃっている気がするんですよね。
夢を見ずに目の前に自分で買ってぶら下げたニンジンを追っかけてるって感じがするの。
では具体的にどうすればいいの?ってことに全く触れず、こんな事を書いてしまいました。
これも「自分へのごほうび」って言葉が触発した別なメッセージって事で。
合掌。
