こんにちは、coapn-zeroです。
忙しい、とにかく忙しいです。
ブログやってみるものです、自伝書いてもう色々気持ちの整理はつきました。
が、最後まで書き切れればと思います。
つづき。
内視鏡カメラでとった写真を医者と二人でみた。
医者は50代の女性の肝っ玉おっかぁみないな人だった。
「ガンだね」
「切ってみないと正確にはわからないけどステージ3か4・・まぁ3だろうね。
3年・・もって5年かね。」
ホっとした。
すっと肩の、背中の重いものが降りた気がした。
何故かそれが悲しく感じた。
自分の人生観からすれば生涯現役、目標に向かって前に進みながら前のめりに倒れて人生を終えたい。そう願って生きてきた。
当然治療はする。
全力で立ち向かうがダメだった時はそれで終わり。
今までの様にその先があるわけではないのだ。
この時がいつか来るのは覚悟していた。
だから後悔の無い様に日々過ごしてきた。
だからホッとしたんだと思う。
悲しく思った理由はよくわからなかった。
それにしても医者はずいぶんあっけらかんと言うか淡々と言うか・・こんなものなのか・・。
医者いわく「あなたは大丈夫な人だから。普通はもっとシリアスに言う。」とのことだった。
元嫁には言わなかった、迷惑をかけたくなかった。
1週間後すぐに手術をしてガンを切除した。
2日後には出勤した、痛み止めは飲まなかったので随分痛みがあった。
程なくして術後診断結果を聞きに行った。
「10人医者がいたら3人くらいはガンって言うけど私はギリギリ良性のポリープだと言う、これは大丈夫だと思う、運が良かったね。」との事だった。
保険落としたいならガンって診断書に書いても良いよと言われたが断った。
あっさりと闘病が終わった。
その後会社の健康保険組合から手術代の一部が支払われその通知書が来た。
元嫁がそれをみつけ烈火の如く怒った。
こんなに怒り狂った彼女を見たのは初めてだった。
あなたは何でも自分で答えをだして自分でなんとかしてしまう。
もっと頼ってほしかった、迷惑と思う事自体もう家族じゃない、私はあなたであなたは私なんだと言われた。
ものすごい罪悪感・・・そして涙があとからあとから溢れた。
罪悪感もあったがなにより嬉しかった。
子供の頃から孤独で自分でなんとかしなければ生きて行けなかった。
毎日学校ではいじめられ大人たちからも見放されていた。
小学生から働きに出て時には山の草を食べてその日を凌いだ・・・誰かに頼る事自体が頭になかった。
人生が裏目にでたのだ。
自分にはなにも無いと思っていた。
しかしそんな自分と人生の貴重な時間を共に過ごしたいと思ってくれる人がいる。
その事がこんなに幸せなんだと今さら気づいた。
何故ガンと診断された時ホッとしたのに悲しかったのかわかった気がした。
元嫁と人生を別つのが悲しく寂しかったのだ。
今更こんなに当たり前の事に気づいた事に自己嫌悪に落ちた。
離婚を申しだされた。
強烈に抵抗した、人生で初めて人に抗った、土下座した。
嫁は家を出た。
半年説得を試みたが彼女の意思は変わらなかった。
そして離婚が成立した。
彼女も相当疲れていた、猫たちは彼女に託した。
二人を繋いでくれた猫、一番家族の役割を全うしていた子達はきっと彼女を癒してくれる。
それからは一人暮らしにもどり人生初の強烈な後悔の念にかられる日々。
仕事が手につかなかった。
ガンだった事や離婚の事を会社の事業所長に話し辞表を出した。
強烈な慰留。
特休扱いで気が済むまで休んで良いから必ず戻ってほしいと言われた。
その言葉、気持ちがありがたかった。抗う気力もなく受け入れた。
人生初のなにもしない時間が始まった・・・。
つづきます。
長くなりましたが次で最後になります。
読んでくれている方がいらっしゃるかわかりませんがありがとうございます。