・・・って歌がありましたね。


歌は全然関係無いんですが(^^ゞ



実はまだ、搾乳していますあせる

奏音が亡くなった日、処置を待っている間に、

看護師さんに「母乳を止める薬をください」とお願いしたのですが・・・。


「急に搾るのをやめると、絶対に乳腺炎になります。

出来れば、徐々に回数を減らしていって、

張ったら搾乳する、そして、出来るだけ冷やすようにしていると、

だんだん出なくなってきますから・・・」

と言われて、お薬はもらえませんでした。



さすが、母乳育児に力を入れているだけあるなぁ目


奏音が生まれた病院では、NICUに入院中の赤ちゃんのお母さんに対して、

積極的におっぱいマッサージを行ってくれています(通称マンマケア)


最初は、マンマケアの意味がわからず、予約した日に、旦那と二人で指定場所で待っていると、

「おや、ご主人はちょっと・・・・。

 奥様が是非とおっしゃるなら、構いませんが・・・」

と言われて、「あ、おっぱいマッサージの事か!」と気付きました(笑)


母乳育児に関しては、ちょっとスパルタ的な感じもしましたが、

このマンマケアのおかげで、だんだん搾れる量も増えてきて、

奏音が亡くなるまで、余るぐらいの量を毎日搾乳出来たのだと思っています。


私は、割とおっぱいの状態が良かったようで、1週間から10日間に一度のペースで、マンマケアを受けていました。

普通、助産院などでおっぱいマッサージを受けたら、保険もきかないし、1回5000円くらいは取られると聞いたことがあります。

それを、NICUの有志の看護師さん達が、ボランティアで無償で行ってくださっていたのは、大変ありがたい事でした。


看護師さんによっても、色々でしたが、約30分の間、時には世間話をしたり、時には、奏音の事についての悩みを話したり、時にはいびきをかいて寝てしまったり・・・(笑)

私にとっては、楽しみな時間でした。

中には、真剣に「誰か、いい人紹介してくださいよぉ~!出会いが無くってぇ~」なんておっしゃる看護師さんもいらっしゃって(笑)


奏音に会うのが楽しみで、毎日張り切って面会へ行っていましたが、実は看護師さんとのコミュニケーションも、面会の一つの楽しみでもありました。


お葬式という形を取らなかったので、病院関係者の方に、奏音を見送っていただく事は出来ないなぁと思っていましたが、
(病院を去る時、先生方はじめ、大勢の方にお焼香をしていただきましたが)
友引等の関係で、思いがけず長く自宅で過ごすことが出来て、
「もしお時間があれば、奏音に会いに来てください」と病院に電話したら、その日の勤務を終えた足で、3人も会いに来てくださって、嬉しかったなぁ・・・。

正直、弔問してくださった方々の中で、来ていただいて一番嬉しかったです。

一緒に闘った同士という感じだったのかな。
思い出話に花が咲きました。
私たちよりも、奏音を知っててくれた人達だからね、看護師さんは。



ちょっと話がそれてしまいましたが・・・


奏音と病院を去る時に、その日、奏音を最後までお世話してくださった看護師さんが、私の耳元で、

「四十九日の頃まで、搾ったおっぱいをお供えしてあげてくださいね」とおっしゃいました。

そう言われた事もあって、そのぐらいまで搾るのが、おっぱいにとってもいい事なのかなぁと思い、その通りにしていました。


毎朝、搾りたてのおっぱいをお供えするというのが日課になりました。


どれだけの量をお供えすればいいのかな~と考えた末、生前は、1回50ccを8回注入していたので、50ccお供えしよう・・・と思ったけど、奏音も4ヶ月になった事だし、60ccにアップしてあげようと、60ccお供えする事にしました(笑)

翌日くらいからは、今まで6~7回搾っていた回数が、4~5回に減り、回数が減ると、自然と量も減ってきて、そのうち、「あ、搾るの忘れてた」なんて事も出てきて、1ヶ月ちょっと経った頃には、朝1回だけになりました。

先月の15日からは、5ヶ月になったので、70ccにアップしましたが(笑)なんせ、朝1回しか搾らなくて、だんだん出る量が減ってきてしまって、やっとこさ、70cc搾れるかどうか・・・ぐらいになってきてしまい。


で、今日の日記のタイトル(笑)


四十九日にあたる日は、7日の水曜日です。

あと二日、何とか出ておくれ~!おっぱい!

でも、それ以降、何をお供えすればいいのかな。

牛乳?それとも、お茶?お水?


ちなみに、無宗教なので、四十九日も、特に何もしない予定です。

でも、四十九日って、「そろそろ、成仏してくださいね~、もうこちらの世界には未練を残さず、お空へ上ってくださいね~」という、仏様に対してのけじめの日なんですよね?

そういう儀式をしなくて、奏音はちゃんと成仏出来るのかなとか、
あ、無宗教だから、「成仏」という言葉は当てはまらないのかな?とか、
宙ぶらりんで、どうしていいか、困ってしまいます[m:79]


奏音が亡くなってから、奏音は夢にも出てこないし、家の中で奏音らしき姿も見えないし、超現実主義なので、やっぱり会うのは難しいのかな。



あぁ、奏音に会いたいな(私の、泣きツボワードです(^^ゞ)

たまに、ピグで遊んでます。



コパンとりきといっしょ-未設定


初めて裏技を覚えたので、早速やってみた。


でかすぎ。




ちなみに、普通サイズはコレ。




コパンとりきといっしょ-未設定

もっと部屋をいじりたいけど、


アメちゃん(アメGではなく)だけでアイテム増やすのは、限界がある~(笑)

春はもうすぐそこまで来てるのに、何か寒いですね~ガーン


今日は、コパンの散髪へ行ってきました。


コパンの散髪は、以前はファミリー向けの美容院でカットしてもらってた事もありますが、

この1年ぐらいは、私が自宅でカットしてました。

すきばさみを使うと、それなりのカッコがつくし、まぁ、子供の髪なので、多少ガタガタでもご愛敬(笑)


でも、4月には入園式を控えているし、コパンも「お店がいい~」と言うので、

久しぶりに美容院へ。


車内では、アンパンマンの曲をBGMにして、

「次はどっちに曲がるの?」とか「あとどれくらいで着くの?」なんて会話をしながら、

ナビを頼りに走ります。

(一応、目的地設定しとかないと、道がうろ覚えで不安なので(^^ゞ)


すると、コパンが、


「ここかのんがほねになったときとおったね!」


と言うので、一瞬、何を言われているのかわからず(3歳児が時々発する宇宙語に聞こえてしまった)


「え?なんて?」と聞き返すと、


「ここ、奏音がお骨になった時に通ったね!!!」


と、ちょっと怒ったような口調で繰り返すコパン。


そう言われて、改めて通っている道を見ると、

まさしく、斎場に向かう途中の道でした。


私は斎場に向かった時には、

ドライアイスで冷たく凍ってしまった奏音を、タオルにくるんで抱っこして、

後部座席に乗っていたので、奏音の顔ばかり見つめていて、

通った道なぞ、全然気にしていませんでした。


帰り道も、斎場から帰る時は、同じ道を引き返してはいけないという謂われがあるらしく、

違う道を通ったので、滅多に通らないその道を、そんなピンポイントの出来事で覚えているコパンにビックリすると同時に、不意打ちをくらってしまって、急に胸がしめつけられたように苦しくなってしまいました・・・汗


うゎ、ヤバイ、涙が出てきそうになる・・・のを必死にこらえて、何とか涙は出なかったけど、

異常に息苦しくなって、平常心を取り戻すのに必死でした。


美容院に着く頃には、何とか気持ちも落ち着いたけど・・・。

参った参った・・・。


運転中は、大泣きすると危ないですから・・・あせる





さて、美容院でのコパンですが、

実は、一人で座ってカットしてもらうのは、今回が初めて。

前までは、私が抱っこして、カットしてもらってました。

(向かい合わせで抱っこして、それぞれが首から上を出せるカバーをかけてもらいます)


切り落とされる髪の毛がかかるのがイヤなのか、終始、目をつむってて、

どんどん前屈みになったり、体をくねらせまくるので(笑)、

しまいには、「お母さん、頭を押さえてて!」と言われ、

結局、最後までずっとサポートしてました。



久々に行って、思い出した、この美容院。

「私がカットするのと、大して変わらん!」って毎回思うんだった・・・。

特に、上手ってわけでもないのよね~(笑)

ま、いいか、子供料金、1050円だし。



またまたご無沙汰してしまって、すみませんおじぎ


実は前回の記事を更新した2日後に、長男コパンがおたふく風邪に罹っている事がわかりまして、


ずっと自宅に缶詰でしたあせる


そのおたふくですが、実は奏音が亡くなった日、


午前中だけ過ごした一時保育でもらってきた模様・・・汗


(あとで、園に確認したら、他にも発症者が多数居るので間違いないです)


いろんな意味で、忘れられないおたふく風邪になりましたしょぼん


いや~、しかし、おたふくって、見事に腫れるんですねぇ。。。


その顔が面白くて(おいおい)友だちに写メしまくってしまった・・・。


1週間後には、元の顔に戻り、体調もばっちり。


でも、弟の死と、長い引きこもり生活で、ちょっと気弱になっちゃって、


泣き虫コパンになってしまいました。


コパンも、色々辛い思いしたもんね。







昨日、3月18日で、奏音が亡くなってから、ちょうどひと月経ちました。


2月は28日までしか無かったせいもあると思いますが、


何か、あっという間のひと月やったなぁ・・・。



我が家は無宗教で、お経を読むという事もないですが、


月命日の昨日は、旦那、コパン、私、3人揃って、起きてすぐにお参りをしました。


以前、さにーさんから送っていただいた、「絵ろうそく」にありがたく灯を灯させていただきました。



そして、奏音が亡くなった12時52分、旦那は職場、私は自宅で、


それぞれ黙祷を捧げました。



私たちの祈りが、奏音に届いているといいな。





今度、初めて18っ子の親御さんと会う事になりました。


アラフォー18会です(笑)


(図々しいけど、まだアラフォー名乗るぞ!(笑))


ドキドキやけど、楽しそう~。


奏音の写真、いっぱい持っていくぞ。


またここで報告出来たらなと思います。


皆さま、大変ご無沙汰してしまい、申し訳ありません。


奏音の逝去の際には、たくさんのあたたかいコメントをいただき、


本当にありがとうございました。



奏音は、2月22日の朝に、荼毘に付されました。


今頃は、お空の先輩天使ちゃん達に迎えられて、楽しく飛び回っているのかな。


ふと、窓の外を見れば、お隣のお家の梅の木が満開。


もう春はそこまで来ているんですね~。


(・・・明日雪が降るってホントですか?)




2月18日、奏音(りき改め)が亡くなった日は、とても印象的な天気の日でした。


夜中から降り出した雪が朝にはしっかり積もっていました。


朝、長男を一時保育に送り出す時もまだ降っていたけど、


ふんわりと柔らかい雪で、それから2時間もしないうちに、


積もっていた雪も、全部さ~~~っと溶けてしまいました。


そんな天気の日でした。




前日(2/17)、面会に行った時は、近頃には珍しくぱっちり起きていた奏音。


2月に入ってからぐらいか、しんどくなる事が多くて、


眠くなるお薬を使われて、面会に行っても寝ている事が多かったんです。


「今日はまだお薬使ってませんよ~」と看護師さんに言われて、


久しぶりに写真や動画を撮りまくった日でした。


ただ、普段はほとんどそんな事無いのに、凄い声が漏れていましたね。


看護師さんと話をしていると、まるで相づちを打つかのように声を出し、


「あ、返事した~」なんて、看護師さんと顔を見合わせて笑ったりしていました。


とても活発に動いてて、見た目は元気そうに見えていたけれど、


酸素濃度は7~80%で・・・やっぱり、しんどかったんよね。


もしかしたら、「しんどいよ~、つらいよ~」って、必死に言うてたんかもね・・・。




「元気な奏音に会えて良かった~」と安心しきってしまった私は、


長男コパンをその日は友人宅に預けていた事もあって、


いつもより、ちょっと早めに病院を後にしました。


コパンを迎えに行った時に、撮りたての動画を友人に見せると、


「わ~、元気に動いてる~」と感動してくれて♪


帰ってからも、その事を担当看護師さんとの連絡ノートに書こうと(ノートは病院に置いてある)、


その日の写真を印刷して、持っていく準備をしたりしてました。





突然すぎました。


いや、いずれは・・・とはわかっていたし、覚悟もしてました。


ただ・・・


以前の日記に「聞けなかった」という記事を書きましたが、


結局、その数日後に、私聞いたんです。


「先生は、あと、どれくらい生きられると考えますか?」と。


主治医は、「年単位は望めないが、数ヶ月は大丈夫じゃないかと思う」とおっしゃいました。


「ただ、急変の可能性は否めません。呼吸器で肺に圧をかけて、広げる事もしているので、


肺が耐えられなくなって、破裂してしまう可能性もある」と・・・。


結局は、後者の方になってしまったんですね・・・・。



私は、ちょっと呑気に構えすぎました。


数ヶ月は大丈夫と言われて、すっかり安心しきってました。


急変の文字は、頭の隅っこに追いやってしまってました。


でも、よくよく思い出してみると、やっぱり、奏音、辛そうだったよね。


主治医は、「オシッコも良く出ているし、違うと思う」って言ってたけど、


パッと見て、どう考えても「浮腫」が出てきてるって、素人の私が見ても思えていたし、


ちょっとしんどくなると、すぐに酸素濃度100%にされちゃって、


看護師さんが、「これ以上ダイヤルを回せない」って困った顔をしてるのもよく見ていたし、


しんどい兆候は、たくさん出ていたように思います。



無宗教という事もあって、形式張ったお葬式などは行わずに、


身内だけで奏音を見送りました。


21日が友引という関係もあり、火葬は22日に行う事が決まって、


亡くなった日も含めると、4晩も一緒に過ごせる事が出来ました。


きっと、奏音がそういう日を選んだんだなと思っています。


お口の挿管チューブ、テープ、鼻の経管栄養チューブも取った奏音は、


すっきりしたんでしょうね、にっこり優しく微笑んで、


本当に天使のような寝顔でした。


起きている時の目力強い奏音も好きだったけど、


お家に帰ってきてからの奏音の優しい顔も、絶対に忘れないよ。


大好きだよ、奏音♪




私たち家族は、みんな元気にやっています。


多分、奏音が私たちを、強くしてくれたんだと思います。


姿は見えなくても、4人家族やもんね!





話があちらこちらに飛んで、まとまりのない文章になってしまいましたが、


心配してくださっている皆さんに、「ありがとう」の気持ちを込めて、


今日の記事とさせていただきました。