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神々への手紙

ただただ、湯水の様に湧いてくる世の中に対する疑問を書くだけです。

日本人にとって、愛情とは何ですかね?

キリスト教の信者でもない限り、博愛とかの意味も、理解出来ないんじゃないですか?

信者でも、愛の意味をわかってないと思います。

僕個人としては、愛情という言葉を聞くと、何だか恥ずかしい、そんな感情が湧いてきます。

それは、愛なんて、自分が表現も体現も、出来る自信も、余裕もないからです。 

僕は、愛とは、個別の対象も含むが、基本は、あるもの全てに注がれるものだと、考えています。

自分の好き嫌いに左右されるものではなく、好きも愛し、嫌いも愛する。だけど、愛さなければならない、と強制されるものではない。

ただ、愛するだけだから。

こんな、神様しか出来ないような愛は、人間には到底無理じゃないですか?

だから、情だとしっくりくる、情けという言葉が、身に染みてくる。

例えば長年、連れ添った伴侶に対し、愛が失くなっても、情が沸いていませんか?仕方ないから、面倒はみてやるよって、特に女性の方、思われませんか?情は一旦、沸いてくると、愛の様に、移り変わりは少ないと思います。

みんなが相手のことを、想い合えば、情という感情の共有が出来れば、もう少し良い世の中になるんじゃないかと僕は思います。

日本人は、薄ぺっらな愛とかよりも、情という、この感覚を大切にした方がいいし、その感覚を理解出来る人達だと思っています。