やっと9回目のブログ更新。つくづく筆不精を実感してます。
さて、消費税は食料品だけ0%か1%かに減税するという議論がなされているそうです。
しかも2年限定。なんで2年かは知らないけど。
消費税自体無くさないと、あるいは全てを0%しないと意味ないやろと・・・
ただ単に、税を複雑化して、ほとぼりが冷めたあたりで他のものの税金を
上げようとしているんだろうなぁと絶望している今日この頃です。
さて、前回ハンバートハンバートの「おなじ話」の解釈が広がったので
それを書きたいと言いましたので、今日は長くなるけど、それを書こうと思います。
歌の解釈は、その人それぞれごとにあって楽しむものだと思うので、
そんなふうに考えている変なヤツ(私)もいるんだなぁくらいで見てください。
まぁ、誰も見てないと思ってるので書いてしまうのですが・・・
さて、この「おなじ話」を聞いた時の初期は、私も彼女?奥さん?が先に亡くなって、
絶望している彼氏?旦那さん?ありし日のことを思い出しているのかなぁという
解釈をしていました。優しい幽霊となった彼女が・・・とも思いました。
「もう行かなくちゃ」のところで、49日なのか?と捉えられなくもなかったので、
見えていないけれど、幽霊となった彼女とのやり取りというのも考えられるなと思いました。
で、そんなことを思いつつ大好きな歌なので何度も聴いていたら、
過去の自分の経験に段々重なってきて、これはあの時の自分の歌だ(勝手な妄想です)と
解釈するようになってます・・・頭おかしいやつだと思っててください。
歌の一番の恋人のやり取りは、幸せだった頃のことを思い出しているのかなと思いました。
「そばにおいでよ」「今行くから待って」「何を見てるの?」「君のこと見てるよ」
「どこに行くの?」「どこへも行かないよ・・・ずっとそばにいるよ」
というやりとりが、幸せだった日々を思い出しているのかなと想像しました。
実際に本当に言われた言葉もあったから、余計に自分に重なりました。
この後、幸せなやり取りだったのが変化します。
「どこにいるの?」「隣の部屋にいるよ」「何をしてるの?」「手紙を書いてるの」
「側においでよ」「でも、もう行かなくちゃ」「話をしよう」「・・・(無言)」
「それから、君は僕を見つめ、それから泣きながら笑った」
と続きます。
幸せなやり取りの変化(彼女は隣の部屋にいる)というのが、20年以上前に遠距離をしてた自分に重なりました。
20代の頃、小学校の先生になりたくて臨時の教員を地元の田舎でしていましたが、
当時は超氷河期。なかなか受かりません。その時、同じように教員を目指している彼女がいました。
そんな中、他県を受けて私は地元の田舎から関東のとある県に就職して
遠距離を3年ほどしたのですが、最終的には振られました。
だから、二人で一緒にいた「隣の部屋(私にとっては地元)」に彼女はいて、
その部屋から移動(他県に就職)したのは「僕」の方だと捉えています。
手紙を書いている彼女というのは、遠距離をしていた頃の彼女のSOSの象徴と感じていて、
実際に手紙や毎日の電話で「会いたいな。寂いけれど、こっちで頑張るね。今度はいつ会えるかな。」のような事を
彼女は言ってくれてたなと思い出しました。
当時は夜の11時から電話料金の割引があって、その時間から毎日電話していました。
当時コンビニで電話料金払っていたのですが、安くて2万円、多い時は3万円超えていたように記憶しています。
でも、彼女からかけてくることもあったから、二人でどれだけNTTの売り上げに貢献したんだろうとも思います。
まぁ、お金のことはいいのですが、私ほどではないにしろ、彼女にも負担させてたのは申し訳なく思ってます。
この歌の最後は「さようなら 昨夜夢を見たよ」「さようなら いつもおなじ話」で締めくくりとなります。
私、別れた後の2年後くらいに、人づてに彼女が地元で結婚したことを聞きました。そのちょっと前に、
夢の中で、今幸せだという報告をしてくれる彼女を見たんですね。目が覚めたら、思いっきり泣いてたけど。
その時は、正夢ってあるんだなぁと妙に納得した覚えがあります。それ以外、正夢の体験はありませんが。
という自分の体験から、遠距離になってしまって、別れに至った恋人の歌かも・・・という解釈を私はしています。
というか、自分が勝手に当てはめて歌を聴いています。
この解釈の広がりがあるのが、この歌を作った佐藤良成さんの歌詞の魅力なんだろうなと思います。
聴いたことがない人はぜひ聴いてほしい一曲です。色々なバージョンがありますが、私はYouTubeにアップされている
ハンバートチャンネルにあるライブバージョンが好きです。皆さんは、どのバージョンが好きですか?