【「女人禁制🈲」理由って何??😅】


128年前
1896(明治29)年の
今日4月6日は
ギリシャの首都・アテネで
『第1回近代オリンピック』が開催☝


この大会の参加国は
アメリカ・イギリスなどを
はじめとする14ヶ国……🏃🏃🏃🏃

この大会の開催競技数は……

陸上、水泳、体操、
レスリング、フェンシング
射撃、自転車、テニスの
8競技43種目……

ヨットも
予定されていたようですが、
悪天候でヨットは
中止となりました……⛵⚡☔❌

『第1回近代オリンピック』は、
「古代オリンピック」と同じく……

男性のみ参加で
280人の競技者で
開催されました……

えっ??
「古代オリンピック」……??😅
「古代オリンピック」って何??

そう、
皆さんご存じの
今のオリンピックである
『近代オリンピック』
が生まれる前に……

実は
「古代オリンピック」
ってのがありました……

「古代オリンピック」は
ギリシャの聖地
「オリンピア」の
「ゼウス神」を祭るために
4年ごとの夏に
開催されてました……


最初の
「古代オリンピック」開催は
紀元前776年……

今から2800年の
大昔のことなのです……

原則……

「古代オリンピック」は
「女人禁制🈲」でした……

参加・見物できるのは
自由市民の「男子🚹」だけで、
「女子🚺」は見物も
観戦も駄目でした……

日本の国技「相撲」も
神事ということで古来から
「女人禁制🈲」……

現在でも、
土俵に「女性🚺」は
上がるのも許されない……

昔は
「古代オリンピック」同様に
相撲も見物、観戦も
許されませんでした……

たしか
数年ほど前も……

京都・舞鶴市の
相撲巡業の際の
舞鶴市長が
「くも膜下出血」で
土俵上に倒れた際に、
観客の看護師(女性)が
土俵に上がり、
救命措置を行った際に……

行事が
「女性は土俵を
降りてください」との
3回ものアナウンス……

「人命」より
「しきたり」っすか??😅

大相撲協会もそこまで、
「しきたり」を大切にするなら……

どんな状況でも
対応できる体制を
事前に準備すべきなのにね😥

さて話を
「古代オリンピック」に
戻しましょう……

「古代オリンピック」は
紀元後393年の
第293回をもって
ローマ皇帝テオドシウス1世の
命令で幕を閉じることに……


実に
1169年間も長きに渡り、
続いてたのです……

当時の
「古代オリンピック」の
競技をご紹介しますと……
⬇⬇⬇⬇⬇

「1 スタディオン(約191m)」の
コースを走る「競走」


第1回大会から
第13回大会までの
「古代オリンピック」では
開かれていた競技は
この競走1種目だけでした……

中距離競走(ディアロウス競走)

第14回大会から登場

現在の400mに相当し、
スピードと持久力の競技……

長距離競走(ドリコス競走 )

第15回大会から登場

距離は大会によって変更
現在の陸上競技のように
タイムを計測はしません……

駆け引きを繰り広げ、
最後のスパートで勝負を決めました……

五種競技(ペンタスロン)


第18回大会から登場

五種競技の5種とは、
・短距離競走
・幅跳び
・円盤投げ
・やり投げ
・レスリングの5種目

なお、
この5種目を
一人の選手がこなす競技……

レスリングは23回大会から
単独の競技として実施されるように……

ボクシング


第23回大会より登場

レスリングと同様に時間制限もなく、
倒されても敗北を認めない限り、
相手の攻撃は終わらないというもの……

体重別の階級はなく、
グローブの代わりに
敵へのダメージを
大きくするための革ひも
(のちに金属の鋲まで埋め込まれた)
を拳に巻いての殴り合いだったよう……

戦車競争


第25回大会から登場

古代ギリシアにおいて
人気のあったスポーツのひとつ……

数頭の馬で車輪の付いた
貨車を引っ張って順位を、
競うスポーツ……
犬ゾリみたいなもの

この戦車競争は
御者および馬にとって
重傷を負ったり、
死に至ったりすることさえ、
珍しくない危険な競技でした……

競馬競争

第33回大会から登場

人が馬に乗って競います
今の競馬と同じですね……

勝者には、
名誉としてオリーブで出来た
冠や月桂冠が送られました……

パンクラティオン


第33回大会から登場

パンクラティオンとは
ボクシングとレスリングを
組み合わせた格闘技……

現在の総合格闘技の
「パンクラス」も
これが語源……

 以上が
「古代オリンピック」の競技種目……

そんな
「古代オリンピック」とは、
かなりの違う競技内容で、
『近代オリンピック』は
128年前の
今日4月6日に
開催することになりました……

「古代オリンピック」とは、
かなり違いがあったというか……😅

上記の競技内容みても
わかるように再現しては
ヤバい競技が
「古代オリンピック」には
ありすぎますしね………😅

古代ギリシャで
「オリンピック」は
ギリシア語で
「オリンピュア」と言います……

「オリンピュア」というのは……

元々、
ギリシャの都市の名前……

他にも
「ネメアー」や
「イストモス」、
「ピューティア」といった都市で
それぞれの祀っている神に捧げる
競技会が行われていたそうです……

前述しましたが……

こうした競技会は
男性のみで行われました……

なぜなら……

捧げる相手がみ~んな
「男の神様」
だったことであるのと……

これらの競技を全て……

男性たちは『全裸』……
「まっぱ」で
男だけで行ってました……
(戦車の競技だけは、
衣服の着用を
していたようですが……)
 
そー言えば……

「千と千尋の神隠し」の
湯屋も
「男神」しかおらんな~と😅

あれは
きっと僕が思うに……

昔の風俗の話が
モチーフなんだろうね……

両親の粗相を
娘が湯屋で働いて
償うなんてね……

千尋が千に名前を
変えられる時点で、
それって
「源氏名」だしね……😅

さて話を
「古代オリンピック」に
戻しますが……

なぜに
全裸で競技をしたか??

武器や
ルール違反な道具を
隠し持つことができないよう、
競技者は全員「全裸」での
参加が義務付けられていました……

たしかに…

昔のオリンピックを
表現した彫刻などの
芸術品はどれも「まっぱ」で、
「モロだし」だもんね……

ゆえに
女性は原則的に
立入禁止だったそうです……

たしかに会場に
セクシーな女性とか
観に来ていたら……

なんせ
「まっぱ」なだけに
間違えて
自分の「やり」を
投げちまいそうだもんね……😂

「人間だもの……😅」

失礼いたしました……🙏

そんな状態なので、
当然のことながら女性は
基本的に立ち入り禁止……

しかし、
女性の神官は
観戦できたことが
記録されており……

一般人については
まだ学者先生方の間でも
意見が割れているようです……

「未婚女性のみ可」とか……

「競技会が終わるまでは
外で待っていた」とか……

「フィールド以外なら
競技場に入っても
OKだったんじゃないか」とか……

いろいろな
説があります……

また、
前述の戦車の競争だけは、
衣服も着用をしていたこともあり、

女性が参加することも
認められていたらしく……

全く女性不参加と
いうわけではないとか……

「実際に競技するのは
馬なんだから乗ってる
ヤツじゃなくて
馬の持ち主を表彰すべき」
という理由だったそうですが……

つまり、
女性オーナーの馬は
参加できたということですね……

また、
女子のみの
「ヘーライア」という
競技会が行われたことも
かつてあったそうです……

これは
「ゼウス神」の
「妻・ヘラ」に捧げるもので、
競技は短距離走のみ……

ただ
現代の感覚だと
「ソレ明らかに
動きにくくね??」
という特有の
走りにくい服装で
行われたためか、
あまり広まることは
なかったとか……

「古代オリンピック」の
各競技の勝者には神殿に
像を作ることが許され、
また勝者のために
宴が開かれるなどの
栄誉が与えられました……

現代のオリンピックでも
使われているオリーブの冠も、
「古代オリンピック」の
時代からあったそうです……

さらに
税金を免除されたり、
莫大な賞金が
出ることもあったとか……

そんな感じで
概ね盛況だった
「古代オリンピック」でしたが、
やがて時代の流れとともに
廃れていきます……

理由は
大きく分けて2つ……

「勝者への報酬が
大きすぎたこと」

「キリスト教が
拡がったこと」

報酬欲しさに
不正を働く者が増えた上……

キリスト教からすれば
「キリスト以外の神に捧げる
行事なんぞけしからん!!
異教徒どもめ!!」
という感じですからね……

こうして4世紀ごろ、
一度オリンピックは
終わることになりました……

それを
19世紀末に復活させたのは……
フランスの貴族
「ピエール・ド・フレディ」……


通称
『クーベルタン男爵』
と言えば……

お分かりですよね……

ピエール自身も
ラグビーが好きで、
レフェリーの資格を
持つほどのスポーツマン……

彼は何のきっかけか、
ギリシャの歴史を
調べているときに
オリンピックのことを知り……

「これは素晴らしい!!
ぜひ復活させよう!!」
と一念発起👍

演説をして
多くの賛同者を得ると……

国際オリンピック委員会を設立し、
自身も要職を務めます……

あの「五輪」マークも
ピエールの考案だそうですよ……


何を表しているのか??
については諸説あります……

一番有名なのは……

「五大陸をそれぞれ
違った色で表している」

ですが、
その他にも……

「火を赤・水を青・
木を緑・土を黒・
砂を黄色で示している」

「スポーツの
5大鉄則である
情熱・水分・体力・
技術・栄養のこと」

「あの5色で
全ての国の国旗を
表すことができるから」

などなど……

現在の
国際オリンピック委員会は
アレコレと
黒い疑惑もあったりもしますが……

ピエールは徹頭徹尾、
スポーツマンシップを
貫いた人物で、
こんな言葉も残しています……

「自己を知り、律し、
打ち克つことこれこそが
アスリートの義務であり、
最も大切なことである」

現代でも
ドーピングなど……

不正を企む
選手や国家が
絶えないことを考えると……

残念ですが……

彼「ピエール」の理念が
まだまだ浸透しているとは
言えないのかもしれませんね……

近代オリンピックの歴史は、
その高邁な理想とは裏腹に……

女性の「排除」から
始まっていたのも
事実らしいです……

クーベルタン男爵は……

女性がオリンピックに
参加することを
全く考えていなかったよう……

1896年の
第1回アテネ大会では、
女性の参加が禁じられたし……

1900年の
第2回パリ大会では、
参加が認められたけど……

それも
オープン参加のような形で、
IOCが公式に
同意したわけではなかった……

種目もテニスとゴルフという
「女性らしい」ものに限られ……

全出場選手997人のうち
女性は22人に
とどまったのも事実……

公式な形で
女性が参加したのは、
1908年の
第4回ロンドン大会が
初めてでしたが……

女子選手の待遇は、
男子より
はるかに低かった……

IOCは女子には、
メダルを与えず、
賞状だけですませた……

第1回大会が
開かれた当時は、
クーベルタン男爵の
母国フランスでも、
女性には
参政権がなかった時代……

しかし、
オリンピックへの
女性の参加が
進まなかった背景には……

クーベルタンの
意固地な
男性至上イデオロギーが
あったことは
否定できないとのこと……

クーベルタンが
残した文書には、
女性への性差別的な
言及がたびたび見られます……

「オリンピック競技は
男性によって
保有されるべきであると、
私は感じている」

「男性の参加している
すべてのフィールド競技への
女性の参加を禁止する」

クーベルタンにとって、
スポーツとは……

「愛国心と
軍人精神に結びつき、
本質的には男性のするもの」 

そこへ
女性が加わるのは、
彼にしてみれば……
もしかすると、
忌まわしいことだったのかも……

オリンピックで
女性がなすべき役割は、
ほかにあると……
クーベルタンは
考えていたよう……

たとえば……
男性の勝者に
冠を授けることだと……

彼は書いている……

そんな……
過去の過ち??常識??を
払拭したいこともあり……

今の
五輪憲章があるのも事実☝️

東京オリンピックにしろ、
北京オリンピックにしろ、
最近のオリンピック開催においては
毎度すったもんだありましたが……

今後のオリンピックが
男女平等、そして
世界平和な状況で
開催され続けることを
祈っております✨

素敵な一日をお過ごしください🎵