『アンの青春』訪問。 第10回目:双子のひとり、ドーラいなくなる。 「デイヴィ、あなた知らない?」
《どうやらデイヴィ(六歳)は嘘をつくのが悪だとは認識してない。 “大ぼら”もしくは“出鱈目”を言うことに強い憧れすら持っているらしい》
ある十一月の午後、アンが授業を終えて学校から帰ってくると、血眼になり青い顔のマリラがアンを出迎えた。
「ドーラがいないんだよ!」とマリラが帰ってきたアンに言います。
「デイヴィ、ドーラがどこにいるか知らないの?」アンはそばにいたデイヴィに訊いた。
「いや、知らないよ。僕お昼のあと、ずっと会ってないもん。天に誓うよ」
「わたしは一時から、レイチェルの所に行ってたんだよ。トマス・リンドの具合が悪くなったもんでね。それでさっき帰って来たとこなんだよ」
「僕、ほんとに見なかったもん」 とデイヴィは宣言した。
アンとマリラは、夢中で家から、庭から、外の建物から、くまなく捜し回った。しかし、ドーラはどこにもいなかった。
「たぶん、井戸に落っこちたんだろ」とデイヴィが にこにこして言いだした。
《このセリフにマリラとアンは震えあがります》
「そ、そうかもしれないよ!」マリラは低い声で言った。
「アン、と、隣のハリソンさんのところへ ひとっ走り行って来ておくれ」
「ハリソンさんも、お手伝いのジョン・ヘンリーも二人とも留守よ・・・・今日は町へ行ったもの。 ダイアナのお父さんを呼んでくるわ」
《ダイアナのお父さんバーリー氏は、大きな網を持ってアンといっしょにやって来た》
バーリー氏が、網で深い井戸の中をかき回しているあいだ、マリラとアンは恐怖で慄きながらそばに立って見守っていた。
デイヴィは木戸に馬乗りになりながら大人たちの様子を、おもしろそうな顔で眺めていた。
「だいじょうぶ、井戸には落ちていませんな」とバーリー氏は安心したように言った。
「アン、あの子はハリソンさんの家には行ってないかね。あんたがいつか、連れて行ってから、おしゃべりをするオウムのジンジャーのことばかり話していたからね」
「ドーラが一人であんなに遠くまで行ったとは思えないけど、でもいって見て来るわ」
[以下、内容重複]
アンが、あまり希望をもたず、畑を越えて隣のハリソンさんの家に来てみた。 やはりハリソンさんは町に出かけており、家には錠がかかって、窓には鎧戸が下り、付近に人がいる気配はなかった。
参考:ほんとうは、『ジンジャー』の名前の通り ”ショウガ色” だったようです。
口が悪く「赤毛の娘っ子め」が口癖。
[英語原文] Page 63, line 14
Anne hastened across the fields to the Harrison establishment(敷地) in no very hopeful frame(背景) of mind. The house was locked, the window shade were down, and there was no sign of anything living about the place. She stood on the veranda and called Dora loudly.
Ginger, in the kitchen behind her, shrieked(金切り声を出す) and swore with sudden fierceness; but between his outbursts Anne heard a plaintive cry from the little building in the yard which served Mr. Harrison as a toolhouse. Anne flew to the door, unhasped it, and caught up a small moral with a tearstained(涙に汚れた) face who was sitting forlornly on an upturned(逆さにする) nail keg.
“Oh, Dora, Dora, what a fright(恐怖) you have given us! How came you to be here?”
“Davy and I came over to see Ginger,” sobbed Dora, “but we couldn’t see him after all, only Davy made him swear by kicking the door. And then Davy brought me here and run out shut the door; and I couldn’t get out. I cried and cried, I was frightened, and oh, I’m so hungry and cold; and I thought you’d never come, Anne.”
※ “Davy?” But Anne could say no more. She carried Dora home with a heavy heart. Her joy at finding the child safe and sound was drowned out in the pain caused by Davy’s behavior. The freak of shutting Dora up might easily have been pardoned(勘弁する). But Davy had told falsehoods . . . downright coldblooded falsehoods about it. That was the ugly fact and Anne could not shut her eyes to it. She could have sat down and cried with sheer disappointment. She had grown to love Davy dearly . . . how dearly she had not known until this minute . . . and it hurt her unbearably to discover that he was guilty of deliberate(故意の) falsehood.
[単語・語句の意味]
establishment(敷地):frame(背景):shade(日除け、シェード): loudly(大声で):Ginger(飼っているオウムの名前):shrieked(金切り声を出す): swore(swear の過去形、ののしる):fierceness(狂暴さ):outbursts(爆発、 噴出):plaintive(悲しげな):toolhouse(道具小屋):flew(flyの過去形;飛ぶように走る) :unhasped(掛け金を外す):caught up(抱き上げた): tearstained(涙に汚れた):forlornly(わびしい態度で):upturned(逆さにする;参考、upside down, 逆さまに): nail keg(釘桶):fright(恐怖):How came(どのように):sobbed(すすり泣く):swear(ののしる;参考『赤毛のアン』では、“宣誓する”という意味で出て来た):kicking(ける):brought(bring の過去形・過去分詞;連れて来る):run out(走って外へ出る):frightened(おびえた):sound(声):drowned out(かき消された):freak(気まぐれ):pardoned(勘弁する): falsehoods(うそをつくこと):downright(正真正銘の): ugly(醜悪な、たちの悪い、危険な):sat down(座る):sheer(険しい、本当の): disappointment(失望):dearly(心から、切に):this minute(この瞬間に):unbearably(我慢できないほど): guilty(罪;参考、『罪と罰』は英語圏では、crime and punishment):deliberate(故意の;発音、ディリバレイト)
[日本語訳] 今回は、中村佐喜子訳を提示してみます。
ページ107、9行目
アンもまた、たいして望みを持てなかったけれども、畑をいくつか突き切ってハリソンさんの家へとかけた。 家は鍵じめで、窓にはブラインドがおろされ、人のけはいは全然ない。 ヴェランダに立って、大声でドラの名を呼んでみた。
うしろ側にあたる台所で、ジンジャーが叫び出し、急に猛然とののしり出した。ところがそのやかましさの合間に、アンの耳にはふと哀れっぽい泣き声がきこえた。ハリソンさんが道具小屋にしている、裏庭の小さな建物からだ。 アンはとんで行って戸の掛金をはずした。と、伏せた釘桶の上にしょんぼり座った、涙に汚れた顔の小さい生きものが―――。
「まあドラ、ドラ! どうしてこんな所へきていたの?」
「デイヴィとジンジャーを見に来たのよ」とドラがすすり泣いた。 「でも見られなかったの。 デイヴィがドアをけると、怒った声だけが聞こえたけど。―――それからデイヴィがあたしをここへ連れてきて、自分はさっさと出てドアを閉めてしまったの。だから出られなくなったのよ。あたし泣きとおしたわ。こわくて仕様がなかったわ。それにおなかがすくし、寒いでしょ。このまま誰も来てくれないと思ったのよ、アン」
※ 「デイヴィなのね?」でもアンはそれ以上なにも言えなかった。 重い心でドラを家へ抱きかえった。 この子を無事に見つけ出せたよろこびも、デイヴィのやり口を考える苦痛でかき消された。 ドラを閉じこめたといういたずらそのものは、簡単に許してもやれる。でもデイヴィはうそをついた。―――それも、人情などというものがかけらも感じられないうそのつき方だわ。 アンはそのゆがんだ実情を見のがせなかった。失望のあまり床にくずれ折れて泣きたかった。 彼女はいつかほんとうにデイヴィを愛してしまったのである。こんなに愛しているとはこの瞬間まで自分でしらなかったれど。―――それで彼が悪質なうそをついたことが、たえがたい悲しみになるのだった。
[三人の翻訳の比較] focus of attention
※ “Davy?” But Anne could say no more. She carried Dora home with a heavy heart. Her joy at finding the child safe and sound was drowned out in the pain caused by Davy’s behavior. The freak of shutting Dora up might easily have been pardoned. But Davy had told falsehoods . . . downright coldblooded falsehoods about it. That was the ugly fact and Anne could not shut her eyes to it. She could have sat down and cried with sheer disappointment. She had grown to love Davy dearly . . . how dearly she had not known until this minute . . . and it hurt her unbearably to discover that he was guilty of deliberate falsehood.
MIによる逐語訳: 以下で、この部分に注目して訳の比較を。 MI(manual intelligence)
「デイヴィが?」 アンはそれ以上の言葉が出て来なかった。 アンは重い心でドーラを連れ帰った。 子供を無事に見つけた喜びもデイヴィの仕業で生じた心の痛みのために失われてしまった。 ドーラを閉じこめたことはまだ許せるにしても、デイヴィは嘘をついた、それも救いようのない嘘を。 それはたちの悪い事実で、アンには、それから目を背けることはとてもできなかった。 彼女は、ほとんどその場に崩れ落ちて 深い失望で泣きそうだった。 今や彼女は、心からデイヴィを愛するようになっており―――そのことを、今この時まで気が付かなかったのだが―――意図して嘘をついたというデイヴィの罪を目の当たりにして、彼女は深く傷ついていた。
(294文字)
⦿中村佐喜子訳:非常に素晴らしい訳。
※ 「デイヴィなのね?」でもアンはそれ以上なにも言えなかった。 重い心でドラを家へ抱きかえった。 この子を無事に見つけ出せたよろこびも、デイヴィのやり口を考える苦痛でかき消された。 ドラを閉じこめたといういたずらそのものは、簡単に許してもやれる。 でもデイヴィはうそをついた。―――それも、人情などというものがかけらも感じられないうそのつき方だわ。 アンはそのゆがんだ実情を見のがせなかった。失望のあまり床にくずれ折れて泣きたかった。 彼女はいつかほんとうにデイヴィを愛してしまったのである。こんなに愛しているとはこの瞬間まで自分でしらなかったけれど。―――それで彼が悪質なうそをついたことが、たえがたい悲しみになるのだった。
(305文字)
◎松本侑子訳:きわめて第三者的な坦々とした視線。好みが分かれる?
「デイヴィが・・・・」その先は言葉にならなかった。 アンは重苦しい心でドーラを抱いて帰った。子どもが元気で無事に見つかったのはありがたかったが、デイヴィの態度を思いかえすと気が滅入るほうがまさった。ドーラを閉じこめただけなら、ただの遊びとして大目に見てやったろう。 しかしデイヴィは嘘をついたのだ―――それも血も涙もない嘘を。 それは醜い現実だったが、目をつぶることはできなかった。 いっそすわりこんで、深い失意のままに泣きたかった。 いつしかアンは、デイヴィを愛しく思うようになっていたのだ―――どんなにデイヴィを可愛く思っているか、このときアンは初めて気づいた―――だからこそデイヴィが手のこんだ嘘をついたと知って、耐えがたいほど傷ついたのだ。
(319文字)
○村岡花子訳:視点が物語の中に入りこんでいる良い訳。ただ、アンは現実に座り込んでいるのか?
「デイビーが?」
アンはそれだけしか言えなかった。 アンは重い心をいだいてドーラを家へかかえていった。 せっかく、ドーラを無事に見つけたよろこびも、デイビーの態度を思うと胸が痛み、たのしかった一日が台なしになった。 ドーラをとじこめるといういたずらなら、わけなく許せたが、デイビーはそのあとで嘘をついたのである。 純然たる冷血の嘘をついたのである。 それはいやでも事実で、アンはそれに目をつむっているわけにはいかなかった。 べったりすわりこんでいると、泣きだしたいような失望がひしひしと迫ってきた。 アンはひどくデイビーを愛するようになっていた・・・・どんなに愛していたかということはいまのいままで、わからなかった。 そのデイビーがわざと嘘をつくようなことをしたのかと思うと、耐えられないほど悲しかった。
(343文字)
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ご案内:
村上春樹さんの新作「夏帆 The Tale of KAHO」 単行本 – 2026/7/3
が出ます。
ついでに;2024年5/3 の わたしのブログ。
『ノルウェイの森』での 「小林 緑」の ファンは非常に多い! 直子よりも・・・?
ブログ05月03日 09:04
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[使用書籍]
1. Anne of Avonlea ペーパーバック – 2024/3/25
英語版 Lucy Maud Montgomery (著)
2.アンの青春 赤毛のアン・シリーズ 2 (新潮文庫) 文庫 – 2008/2/26
ルーシー・モード・モンゴメリ (著), Lucy Maud Montgomery (原名), 村岡 花子 (翻訳)
3.アンの青春 (文春文庫 モ 4-2) 文庫 – 2019/9/3
4.アンの青春 (角川文庫) 文庫 – 2008/4/25
モンゴメリ (著), 吉野 朔実 (イラスト), 中村 佐喜子 (翻訳)
