マサト君の話 | 日刊つぶやき新聞

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 子供の頃、近所に『マサト君』という2つ年上の

お兄さんがいた。

 

 体格が良く、その風貌や性格は『映画 ドラえもん』

出演のジャイアンみたいな感じ・・。

 ・・不思議と【映画】のジャイアンは『気は優しくて力持ち』

・・意地悪や、いじめをしない..。

 『マサト君』は、コマの回し方や凧揚げ、

軍人将棋などが上手で、

僕にとっては遊びの先生だった。

 また、ゴジラや大魔神、ウルトラマンとか

怪獣に詳しく、『マサト君』の話を僕は夢中になって

聞いていた記憶がある。

 マサト君には3歳年上のお姉さんがいた、

 お父さんは大工さんで、お気の毒にも若い時に

仕事で大怪我をし、体に障害を持つ方だった..。

 お母さんは保険屋さんで、相当な苦労をしながらも、

家庭を支えていた。

 家はあまり裕福では無かったようだが、

『マサト君』に、そんな陰りは無く、

健やかな少年だった..。

 僕が小学校1年~4年生位の頃は

『マサト君』に連れられ、

近所の『木ノ下公園』へ毎日のように

遊びに行った。


 ・・・子供と言うのは、汚れる事が

平気である。

 その公園には池があり、おたまじゃくしや、

トンボの幼虫『ヤゴ』等を、泥だらけになって

採った記憶がある。

 また、遊具でも まともに遊ぼうとしない..。

 リスクへのスリルを味わうのが好きだ。

『マサト君』はブランコをガンガン漕いで、

柵越えをしたり、ジャングルジムの天辺から

飛び降りたりするのが得意で、

 マネをした僕は顔面から落ちて

鼻血を出した事がある( ̄ー ̄;

 それでも案外、大怪我に

ならなかったものだ。

(良い子の皆さん..決してマネをしないで下さい)



 そんな気持ちの良いマサト君だったのだが、

ちびっ子達の遊び場だった、隣の大地主さんちの

庭へだけは立ち入り禁止だった。

 その家にも共通の友達がいたのだが、

ナゼカお爺さんがマサト君を嫌っていて

マサト君に「お前が入ると土地が汚れる」

・・とか言って敷地内へ入れなかった..。

(子供に、よくそんな事が言えたものだ(-_-メ)

 子供の僕に、その理由は解らなかったが、

大人になって解ったのは親の支持政党が違っていたからのようだ。

 ・・が、親の支持政党が違うからといって、

子供は関係なかろうが..。

「爺さんよ..。爺さんの崇拝するレーニン・マルクスは

そうゆう分け隔ての無い平等な社会を

理想としたんとちゃうんかい..(-_-;」

・・・と大人になって思った。


 やがてマサト君は中学校に上がり、

ほとんど一緒に遊ばなくなった。

 
 道端で、ふとすれ違っても互いにハニカミが

あったのか無言で行き過ぎる..。

 ・・が、柔道部に入っていた『マサト君』は柔道着を

しょいながら黒目がちの眼でいつも微笑んでいた。


・・ある日、おかんから意外な事を耳にした。

マサト君が特別支援学級に入るかも知れないとの事..。

 マサト君の成績が、良くなく担任から

「このままでは、そうせざるを得ない」・・と、

お母さんが言われたようだ。

・・学力と知的な障害とは、くくりが違う。

 僕は「なぜマサト君が??」と思った。

一般の学級でも全く問題ないではないか..。

 ・・マサト君のお母さんは校長室へ善処してくれるよう

お願いに行ったと言う。

・・その話を聞いたマサト君は牛乳配達を始め、

自費で塾へ行った。

 相当厳しい塾で、今では考えられない暴力塾だった..。

A・B・C・Dとクラスがランク分けされていて、

マサト君は、Dクラスから始まった。

 暴力は肯定しないが、塾の教師は教え方が

上手だった。

 マサト君は、初めて2桁の点数を取った時、

「俺は馬鹿じゃなかったんだ!!」・・と気づいた。

・・・苦手意識が無くなったマサト君は、勉強が

とても好きになり筍のようにグングンと

成績を伸ばし、ついにはクラスでN0.1となった。

 元々が腕白小僧だったので、ただのガリ勉生徒では

なく、文武両道の青年へと成長し、仙台一の学力と言われる、

仙台一校に合格した..。

 そして慶応義塾大学へと進学した。

 近所中「あのマサト君が..( ̄□ ̄;)」

・・と話題になった事を覚えている。

 大学を卒業したマサト君は一流のハウスメーカーへと

就職し、出世をしていった。

 就職後、十年位過ぎた頃であろうか..。

お母さんが、突然 御逝去された。


やがて、マサト君は山形へと転勤になり、

その後、会った事は無い。

・・・が、先日 大変お世話になっている方から

電話があった。

 その人は夏の参院選、候補者支援のお願いで

元々、近所に住んでいたマサト君の

お父さんをを訪ねて行ったようだ..。
 
 玄関口で「どちら様ですか?」と

出て来たのは、マサト君。

 
 その方は、マサト君と あまり面識が無く、

話の切り口に戸惑ったようだが、マサト君が

「こ~ちゃんは元気ですか?」

・・と開口一番、僕の話をしたと言う..。

・・それから僕のいない間で 思い出話が盛り上がり、

マサト君は選挙のお願いも快諾してくれたようだ。

 僕は何もしていないが、

ともあれ役に立ったのだろうか..。

・・何より、マサト君が僕との思い出を

忘れないでくれた事が嬉しかった。

 
 今日、僕は公休で久々にマサト君と

遊んだ木ノ下公園へ行ってみた。



 昔は沢山のチビッ子で溢れていた公園が

今では少子化で閑散としている。


「こ~ちゃん!遊ぼ!」・・と、

いつも家へ誘いに来てくれたマサト君の

声を思い出した。



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