『戦う』と言うだけで、
忌み嫌う方もいるだろうが、
『戦う』とは、生まれてくるときに
産道を通る時から始まっているのだ。
・・そして特権階級の人以外は生きるストレス、
老いる儚さ、病む事の痛み、苦しみ、
そして死を避けて通れない..。
時と財と名誉を極めた傲慢な権力者ほど、
死に際の恐ろしさは計り知れないと思う..。
病苦、死苦は何十億円出しても売れないし、
その苦から自分は逃れる事ができない..。
今日の新聞コラムにこんな記事が載っていた。
【下記より引用文】
陸上の世界選手権が、
きょう北京で開幕する。
注目は男子100㍍。6年前、
ベルリン大会で9・58秒の世界記録を残した
ウサイン・ボルト選手の走りに期待が高まる▼
100分の1秒を争う短距離走。
特にスタートには集中力が必要だが、
気負いすぎても空回りするという。
その点、ボルト選手は大舞台に強い。
練習を重ねてきた自信もあろうが、
『ウサイン・ボルト自伝』
(生島淳訳、集英社インターナショナル)には、
強い選手と戦った時ほど、
「走りたくてうずうずしていた」とある▼
〝勝負を楽しもう〟という気持ちがあるから、
重圧に負けずに力を発揮できるのだろう。
それは人生にも通じる。
「何があっても楽しもう」
と思える強さがあれば、前向きに生きられる。
【上記迄引用文】
仕事や私生活で大事、
小事にかかわらず、勝負の前に
「必ず乗り越えて帰ってくる!」
・・と言った固い決意を持って挑めば
苦楽は表裏一体に思えてならない。
