5年目 | 日刊つぶやき新聞

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・・5年前の今日、7月24日に

父は他界した..。

 早いなぁ..。

・・もう5年か..。

 あの日は太陽がギラギラ照りつける昼過ぎ、

仕事中に病院から電話が来た..。

 父は腎臓を患っており、透析中に

琴切れ、今生を去った。

 写真の左側が若き日の父で、


その右にいる『超可愛らしい、坊や』が僕だ。
  ↑
・・ここ、笑うとこですゾ(^^;

 父は若い頃から柔道をし、力自慢で、

祖父が経営していた八百屋の財政が

苦しい時は、リアカーに満載の野菜を乗せ

10kmもの舗装されていない道路を連日運んだ。

 独立してからも、骨身を削るように働き、

家族を養った..。

 あまりにも過酷な日々続き、ある日突然

心臓発作を起こし、倒れた。

 それでも父は驚くほどの蘇生力で回復した。


・・その後は椎間板ヘルニアになったが、

コルセットを巻きながら仕事を続け、

弱音を吐くことは一度も無かった。

 晩年、また心臓発作で倒れ、

精密検査で腎臓も煩っている事が

判明した。

・・しかし、高齢であるが為、

同時に違う臓器の治療は体力的に無理だと

病院から言われ、腎臓透析治療せねば

ならないまでの悪化を余儀なくされた..。


 ・・父は子供の頃、躾にはとても厳しい人で、

「人の嫌がる事をしては絶対にダメだ」..が口癖で、

正しくない事をすると、ゲンコツが飛んできた。

 その反面、仕事で疲れているにもかかわらず、

休日には必ずどこかへ遊びに連れて行ってくれた..。

 また、母や他の方にも優しく、

人を笑わせるのが大好きだった。

 ・・酒を飲まず、道楽もしない

父にとっての唯一の楽しみは、

幼い頃に母親を亡くしたせいなのだろうか..

『一家和楽』が生き甲斐だった。

・・母と結婚したときには感極まって号泣し

「俺は今、この幸せの瞬間を

一生忘れず抱きしめて生きていく」

・・と晩年に語っており、父はそれを貫いた。

 ・・夫婦喧嘩したのを一度も見た事がなく、

子供の僕はTVドラマで夫婦喧嘩をしているのを

フィクションだと本気で思っていた。

 ・・僕が思春期、そして反抗期に入り、青かった頃、

豪放磊落で破天荒な父親像に憧れた時期があり

 母の洗い物をいつも手伝う父を見て

「男が、そんな女々しい事してんなよ」

ナドト思っていたのだが、今にして思えば、

「本当に強い男とは優しいのだ。」

・・と父が教えてくれたような気がする..。

 母を車に乗せ、寺へ行くと

蝉時雨がこだましていた..。

 ふと、父が夏場、海や野山へ連れて行ってくれた

思い出がよぎった。

ー合掌ー