通信機器と共に
文化もコミュニュケーションも
変動していく時代になっている..。
例えば歌..。
子供の頃..フィンガー5という
グループがいて、「恋のダイヤル6700」
という歌の歌詞の中に、「指の振るえを抑えつつ
僕はダイヤル回したよ。」とある。
今じゃありえない・・。
プッシュフォン普及前だ...。

その後、松山千春さんの「ふるさと」では
公衆電話が歌詞に出てくる「百円玉の黄色いヤツ」..と。
当時黄色い公衆電話は百円が使えるので遠距離通話に便利だった。

・・遠く離れた故郷に
「かけようか、かけまいか...」作者のためらいが解る..。
また「声だけ聞いて受話器を切った」なんて歌詞も良くあった。
そして、登場したのがポケベル..。

短命だったが、安室ちゃんの歌でも「Bellを鳴らして♪」
なんて歌詞がある..。
・・・通信機器は更に変化...。
そしてこんなゴッツイ携帯から始まり(携帯と呼べるのだろうか?)

超人気だったが、通話料が高すぎて
金持ちのステータスシンボルだった
こんなやつもあった..。

それから大衆化してワンサカと
いろんな機種が出てくる..。

今はもうiPhone・スマホが主流となっているが、
今朝の新聞コラムの記事
【下記引用文】
作家の赤川次郎氏は、
時代設定をしないで書くことを常とした。
そんな氏の筆を泣かせたのが、
時代とともに移り変わる「電話」だった。
10円硬貨でかけるダイヤル式の公衆電話は、
ほとんど姿を消し、電話はとうに持ち歩く時代。
氏は言う。「携帯電話っていうのは、
本当に小説を変えてしまいました。
携帯電話があれば、『すれ違い』なんてないですから」
(阿刀田高編『作家の決断』文春新書)
・・電話ボックスも、めっきり存在感がなくなった。
だが、震災被災地の岩手県大槌町を訪れた際、
小高い丘の上にある、白いそれが目に留まった。
中には、線のつながっていない
ダイヤル式の黒電話が。
「もう会えないけれど、
今も心の中にいる大切な人に、
あなたの気持ちを伝えてください」
との思いで、同町に住む男性が設置したものだった。
どんな気持ちで、訪れた人は受話器を手にしたのだろう。
電話の横に、訪問者が書き残したノートがあった。
「ケンカしたまま別れた父と話しました。
やっぱり、ありがとうしか言えないものですね」。
実に多くの人が「ありがとう」と記していた。
人の心に残した感謝は、
良き人生を生きた証しであり、
感謝は、生死を超えて人の心を温かく結ぶ。
時代は変われど、この道理が変わることはない。
【上記迄引用文】
情報ツールが進化し、繋がってはいれど、
ラインやTwitterで交わされる、
血の通わない無機質なつぶやき..。
比べて、
被災地に残された断線した黒電話は
線が切れていても、膨大な思い出、
人への強い念い等々は繋がっている..。
・・胸がホンワカする話しだ (=⌒▽⌒=)
「例え通信が途絶えても気持ちは通じている..。」
と、誰もがが実感・安心したいのではないだろうか..。


