これも、かなり昔の話だ。
今頃の季節だったと思う・・。
当時所属している青年部の
(男だけだから男子部)
で部長が発案者となり、
「青年は自然の中で切磋琢磨し、
成長していかねばならない」
みたいなアツいパッションの元に
率いられ。男子部30人位で、
夜、真夏の海岸へと向かった。
(今は震災の影響で遊泳禁止
となってしまった深沼海岸)
「男子部夏季研修大会」と称されていた。
あくまでも、
暑い夏の夜の元、精神練磨しあい、
親睦をはかり、将来のロマンを語るものだと
思っていた。
(決してアヤしいカルト集団ではありませぬ・・。)
健全な青年育成団だった。
各班がテントを作っていく。
その間に炊き出しや、
バーベキューを
作る人もいる。
一通りのダンドリは終わるが、
食べ物がまだ、追いついていない。
バーベキューといっても、肉のカタマリ
なんぞではなく、焼きソバの中に肉が
ちょこっと入っているような食べ物だった。
それにしても、若い男子の集まりだ。
ロマンよりもハラが減る。
それぞれが皆、焼きソバの焼き上がりを
待っていた。
焼きソバ班は、今となれば失策だったのかも
しれんが砂に穴を掘り、穴の底に火をおこし、
穴の周りに石なんかを敷きつめて鉄板を熱していた。
絶対的な高さが無かったのだ。
「焼けたぞ~」と言った声に食い気盛んな
ピラニアと化した男子部が我先に!といった感じで
鉄板の前へダッシュで参じる。
ダダダダッと走ってきて鉄板の前で
急停止する。当然砂が舞い上がり、鉄板上に
大量の砂が降りかかる。
それぞれが似たような食い意地で鉄板に
近づくものだから、ソース焼きソバは「砂焼きソバ」と
化していった。
配合費(砂3:ソバ7)位だったと思う
それでもハラが減っているので、
砂の「じゃりじゃり」を
気にしながらも飲み込んでいたものだった。
一段落すると、
「青年部の歌」合唱!と部長の
気合がこもった声が聞こえる。
この歌には必ず指揮者が前に出て腕を、
コンデモカ!というほど、ブン回す制度がある。
この日は「全員指揮者でやろう!」と
いう事になったようで、
キャンプファイアーの元、円陣を組み、
全力で「腕、ブンブン」をやった。
終わると皆、ゼイゼイで、
しばらく立てないといった気分になる。
間が良かったのか、悪かったのか、
それが終わろうかとする、
直前に皆が大尊敬する
先輩がスイカをもって現れた。
先輩の一人が
「歌の指揮をしているのか!
それはいいな、ただし!この歌は
自分の全生命を使い切る覚悟で
指揮をとらねばならない。
この歌の指揮を執り終ったときには、
100m全力疾走で、残りの体力を余し、
立っていられるようでは
本当の指揮ではない。」
アツく、アツく語られた。
そして
「実際、立ち始めている体力が
残っているではないか、
もう一回だな」と言われた。
その、もう一回のツライ事。
さっきの指揮で大半の体力は使い切っている。
また、円陣を組んで指揮をしているので
仲間の表情がよくワカル。
皆、必死だ、とりたてて印象に残った
人がいた。
その人は常に温厚で怒ったことなど、
熱弁なども見た事、聞いた事もない人だった・・。
色白でインテリジェンス
都会派タイプの青山さんという方が、
指揮の最中
「あの人も鬼の形相を
持っているのかぁ!」・・と、
驚愕の表情で指揮を舞っていた。
フラフラになりつつある僕の
胃からは、さっきの砂焼きソバが
逆流しつつあった・・。
2回目の指揮は勇猛と言うよりは
精神だけ前向きなのだが
膝も腰もワライまくったグダグダのクラゲダンス
のようなに見えた記憶がアル。
まぁその猛者の先輩方はその後、
スイカを振舞ってくれ、乾きまくった喉に
スイカの果汁が吸い込まれていった思い出がある。
キャンプファイアーのかがり火の中で、
先輩は変わらないキラキラした眼で
後輩の相談を聴き、
更に上の大先輩の顔は
相変わらず凛としながら
メガネをキラリと
光らせている深沼の夜光景であった。

