自分がいなくなれば良い。
自分が死ねば良いんだ...って。
家にいるのが苦痛だった。
何をしたって褒めてもらえないし、怒られるばっかだし。
学校は好きだった。
テストで良い点取れば、先生は褒めてくれるし、サッカーで点を決めればチームメートが喜んでくれる。
頑張れば、結果を出せばそこに居ても良いんだって思ってた。
でも高校生になって、クラスのグループから弾き出された。
「私たちの事見下して、優越感に浸ってるんでしょ」なんて感じの手紙を渡された。
商業科だったから大学進学を目指す自分は推薦を勝ち取るために勉強に夢中だった。
周りと競うつもりは全くなかったのだけれど、配慮する余裕も全くなかったのだろう。頑張ってる自分に酔っていたのかもしれない。
それでも、先生達は味方だった。
色んな形で応援してくれた。良い先生達に恵まれた。
無事大学に進学した自分は、思う存分勉強した。サークルでも勉強してた。めっちゃ楽しかった。もう一度学生をやりたいくらいである。
この間も幾度となく死にたい、消えたいと呟いてはみんなに行動と矛盾してると言われ...本当は死にたいなんて思ってないんじゃないのと言われる始末。
そして、1度目の就職。
ここでは色々あった。
1度目の「人格否定」はここで食らった。
8階の窓から飛び降りたくなった。
死にたいと言って「死にたきゃ死ねば」と言われたのはこの時だ。
2度目の就職。
2度目の「人格否定」発言を食らったのち、「鬱」→「双極性障害」の診断で10ヶ月ほど休職し、復職。
そして現在に至る。
そんなこんなで、かれこれ20年以上「死にたい」という気持ちを抱えて生きている。
もはやそれが当たり前だと錯覚してしまうほどに。
普通の人が「疲れた」とつぶやくような勢いで「死にたい」と呟いている。
けれど、それだけ軽い気持ちかというとそうでもない。
一歩間違えれば本気で命を絶つと思う。
そういう意味では、毎日綱渡りだ。
バランスを崩せば、その時は一瞬で訪れるだろう。
最近は、それでも良いかなと思う自分がいて、年々やってみたいこと、欲しかったものをクリアしていく中でもう十分かなぁなんて感じてしまう訳です。
若かりし頃はこれやるまで死ねない!!
とか、思う瞬間もあったりしたんだけど...。
まぁ何が言いたいかっていうと...
とりあえず学校が好きだったってことです。
悲しくも家が嫌いだったからそうなった感じがにじみ出てますけどね。