伝説の暴走族 東北連合の真実 第1章 | 男道 〜鈴木康之物語〜

男道 〜鈴木康之物語〜

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風が生まれる瞬間を見たことがある。
バイクにまたがりエンジンを吹かしガソリンの匂いがして走り出す時、俺の後ろに風が生まれる。
そしてその風は後方にいる仲間の元で大きくなりやがて空に帰っていく。
空から吹く風は時に強く、時に優しくこの世界を包み込む。
よく「風になる」というがその風はこの俺が最初に作った風かも知れない。
 
 
約3000人ものメンバーで組織された「東北連合」は当時全国に名前を轟かす巨大な暴走族だった。
揃いのジャンパーを着て毎週土日に郡山総合体育館の駐車場に集まる。
まぁどいつもこいつも不良を気取ってリーゼントだ。柳屋独特の匂いが辺りに充満する。
車から流れるのはCOOLSとキャロルが定番。そこら中のカーステレオから聴こえて来る。
 
何人かが挨拶にやって来る。「やっさんお疲れ様です」
でもあまりにも人数が多いので顔を覚えきれない。
「こいつ〇〇さんが面倒みてる〇〇って言います。今日一緒に走りたいっていうで連れてきました」
「よろしくお願いします」
新顔の奴は誰かの紹介だ。
 
「気をつけっせよ」
「ありがとうございます」
 
街に宵闇せまる頃出発だ。
 
「さぁ行くぞ」
俺は先頭を走り後続は3列から4列になってメイン通りを走って行く。
行先は毎回違う。それは警察に妨害されるのを防ぐ意味もあるが俺自身が気まぐれだからだ。
「先週米沢に行ったから今日は仙台な」
東北各地に支部があったからそこで支部の仲間と合流する。
俺は先頭で指示を出す。
「スピードダウン」「散れ!」「停まれ」
警察は勿論、当時は社会問題にまでなってたので住民が待ち構えてる事もあった。
言っとくが俺達は暴力団ではないし騒音の問題はあったかも知れないが一般市民を巻き込んだり迷惑はかけてない。
まぁただ3000人ともなれば俺の目の届かないところで何かはあったかも知れないが。
 
東北連合は当時の暴走族の中でも組織力ではナンバーワンだったしステータスもあった。
不良である事がモテた時代だ。族にに入ることがカッコいいと思われてたし一種の流行でもあった。
その中でも東北連合は憧れられたしシンボルでもあったジャンパーとステッカーは多くの野郎が欲しがった。
「俺は東北連合」
それを名乗りたいだけの奴もいたと思う。
昼間は普通の恰好してお利口さん。でも週末はリーゼントしてバイクに乗る・・・
そんな奴も大勢いた。流行であったとともにストレスをそこで発散してたんだと思う。
ただそんな奴らは長続きしないしその後も大した人生歩んでないな。
根っからの奴は大体凄い奴になってるよ。
俺のようにな(笑)。
そしてイカれた女も沢山いた。
「私の彼は族なの」と言いたいだけでなんだよ。まぁ一種のアクセサリーなんだな。
そういうケツの軽い女はあっちともこっちともバコバコやるもんですぐ問題になる。それがもとでの喧嘩はよくあった。
10代20代は盛りのついた猿だ。そっち目的で入った野郎もいただろうな。
ん?俺か?
俺もアクセサリー目的で近づいてくる女もいたよ。
でもカミさん一筋だからな。ここではこれ以上触れない事にする。邪推してくれ。
 
それと近づいて来るのは女だけじゃない。
何しろ3000人。福島だけで1000人のメンバーだ。しかも俺が命令すれば黒いものも白くなる。
金儲けや時には宗教の勧誘まで来た事がある。
俺さえ口説けば一気に事が進むわけだからそりゃ狙われるわけだ。
でも俺は全部断った。唯一請け負ったのはワンステップフェスティバルの警護だけだ。まぁその報酬もジャンパーだけだったけどな。
 
 
更に言えば俺の命さえも狙われていた。
頭を潰せばハクがつく。つまり「タマをとりたい」「名を上げたい」輩がゴロゴロいた。
石川にルート20という暴走族がいて襲って来た。
そいつらのバックにはヤクザもんがいた事もあってアイツらは木刀ではなく光もん・・・ つまりドスを出して来やがった。
「何だこの野郎」そういうと俺は夢中でそれを掴んでしまった。
滴り落ちる血の量に一瞬怯むほどだった。
運よく錆びてたドスだった。もしあれが新品か手入れされてるモノだったらヤバかった。
恐らく脅すつもりで持って来たのだろう。まさか向こうも掴むとは思わなかっただろうな。
 
次第に俺は1人では歩かないようになった。
いつ鉄砲玉が飛んでくるかわからないからだ。
 
それでも東北連合 走ることはやめられない。
それはトップである責任でもある。
 
そんななか
今や伝説と言われる300人対300人の「栗子峠の大決闘」がおきる。





第2章に続く