「氷室」4月号より
氷晶の考(100) ~3月号より(2026)
古川 邑秋
ともがらといふも夫なりふぐと汁 尾池 葉子
ともがらには、同じ仲間、志を同じくする者という意味がある。周知のとおり作者と夫は俳句のともがらである。句会などでは意見のぶつかることもあるだろうが家に帰れば夫婦。河豚汁でも馳走するか、そんな味のする掲出句である。ともがらにふぐと汁が絶妙。もし根深汁などであったらどうだろうか。
ぬた打の背のてらてらと冬の鹿 長野 眞久
ぬた打ちとは、猪や鹿が草の上や泥土の中などに寝ころぶことである。体のダニなどの除去や、夏場には体を冷すためによく行うようだ。掲出句は冬の鹿である。「てらてら」というオノマトペから、枯草の上でぬた打ったあとの鹿の背中の泥の光りを想像した。奈良の飛火野での実景で観察眼が効いた一句。
明けやらぬ病室の灯の冬至かな 河野 純子
作者の入院の状況を存知上げなくて申し訳ない限りだが、夜が明けきらない病室に灯りがともっている。ましてや当時の日の出は七時近くである。早く明けて欲しい気持ちは、早く退院できる日が来て欲しいと願う作者の心象となり、それぞれの言葉がうまく連携して一句の効果を出している。
町内の古き醫院の枯かづら 重富 國宏
昔、何でも見てくれる村医師が故郷にいたのを思い出す。この醫院も代々続く町医であろう。助詞「の」の繰り返しにより焦点を絞っていく流れの良い句である。枯葛には風情と共に寂しさも感じられ、医院ではない醫院の風情を深めている。
着ぶくれて防災無線聞きゐたる 真下 章子
防災無線は正式には防災行政無線と呼ばれ、災害時には避難指示や緊急情報の伝達などが行われる。また、平常時には行政情報の広報や避難訓練の連絡が行われる。掲出句は平常時の無線だと思うがどんな内容だろう。季語の「着ぶくれて」が絶妙に効いている。寒さのせいでの着ぶくれかもしれないが、避難訓練のための心づもりの着脹れのようにも感じる。いずれにしても、無線を聞く心構えを、季語がうまく表現している。日ごろの防災や防犯にしっかり備えたいものだ。
いかがでしたでしょうか。
「氷晶の考」シリーズは、同人の上層の方々の作品を鑑賞・解説しているコーナーです。ちょうど100回の記念すべき記事をご紹介いたしました。
勉強になりますし、味わい深いですね。
次回もお楽しみに。。。