「氷室」誌 2026年3月号より
400回記念 「私の一句自註」
牛に馬に時代祭の今があり 相原弘子
今年は暑く牛が通ると臭いが漂ってきました。牛も頑張っている!素朴な感動に共感していただいたご指導にびっくりしました。
臥す人の汗ばむ背ナを拭ふ二時 秋山陽子
酷暑の蒸し暑い午後に、病床に臥している方の、汗でじっとりとしている背中を拭きました。ゆったりとした時間が流れていました。
夕焼やひとりふたりと集まり来 浅利美鈴
三年前に着眼をほめて頂き忘れられません。取り巻く環境も人も激変しましたが、お日様を見ながら集う暮らしに感謝です。
寒中の見舞と見れば友が逝く 池上 惇
この句は、寒中見舞と錯覚して受け取った時でした。よく読んでみると、まだ若い友人の訃報でした。
色褪せぬ学徒の遺作風光る 石上敦子
学業半ばで戦場に赴いた桑原喜八郎が、理不尽な運命を甘受しつつ描いた絵の中に僅かな希望の光が宿っていることに心惹かれた。
製糸所の煙流るる初秋かな 石田信之
通勤沿線の四季の景色を詠んでいる。初秋の朝、大井川左岸の製糸所の煙突から白煙が流れるのを見て、秋の訪れを実感した。
振り向けば一輪の梅暖かき 石野弓子
散歩の折、不意に心へ浮かび上がった光景。技巧を凝らさず、素直な心象を詠みました。今も当時の暖かさが蘇る、大切な一句です。
秋高しパブロピカソの赤が好き 井上良子
歳をとって、ピカソの絵の迫力に助けられて生きています。ピカソの青は有名ですが赤が好き。青の中にも私は赤の情熱を感じます。
油照ビードロ展へ逃げ込んで 大野晶子
とにかく暑い日で、東京九段の坂の上にあるお気に入りのうつわ屋に、涼むために寄り道をしました。
春雪やオーロラ揺るる天地人 大村 誠
早春のアイスランド、大雪原に半月の光、多言語の歓声が響く中、天空のオーロラは、肉眼とカメラでは劇的に異なる姿でした。
雪溶けて光る庭先猫走る 小川妙子
先日、22年生きた猫が老衰で無くなりました。家族全員に挨拶をして静かになくなりました。元気だったころの姿を思い胸が痛いです。
母の声聞きたく唄ふアマリリス 小川豊子
歌が好きだった母が亡くなる前一年、栄養の管を入れ、声を発しなくなりました。病院で母の好きな歌を歌うのが私の日課でした。
兄とゐて鰻を狙ふ夏の川 加藤節江
兄貴の採ってくれた鰻は最高に美味しかったです。
戦史ぱさと閉づれば夏のしじまかな 加藤広文
戦後八十年。日本は何故あのような戦に突入していったのか。やり切れぬ思いに戦史をパサと閉じる。後は一切無音の夏である。
幽閉に似し古里の朝の雪 川竹美樹
仮想の追ってにお膳をぶつけ、庭に逃げる避難訓練の後おせちを頂く風習が残る母方の里は雪深い祖谷。養蚕、麻、蕎麦が産物です。
スーツケース我先に往く年の暮 木村英昭
キャスターの転がる音に人波の焦りが重なり、年末の都市が一つの呼吸として立ち上がる情景を描いた。視覚と聴覚を束ねた。
冬銀河ドヴォルザークのチェロ響く 櫛渕かりな
主人はドヴォルザークが好きでした。チェロを抱えてオーケストラで弾いていました。雪溶けの春の声、桜の季節が楽しみです。
ペタル軽き金曜日なり冬の川 桑原智美
加茂川の河川敷を20分ほど自転車で南へ走って毎朝出勤しています。一月の金曜日の朝の達成感と嬉しさを詠みました。
風鈴や上履洗ふ日曜日 幸城麗子
息子三人の上履を賑やかにみんなで洗うのが日曜日の日課です。洗い終えた心に爽やかな風と風鈴の音が心地よく響いてきます。
もの思ふ日の春風の強きとも 古閑裕海
西洋と東洋の違いは何であろう。「我思う、故に我あり」は有名だが、日本人の私は「もの」を思い自然とともにある特権を甘受する。
道沿ひに誰が植ゑしか水仙花 小林きみ子
夫が緊急入院、手術となった二月。病院からの帰り道、道沿いに水仙花の群を見つけました。バスからは出会えなかった光景です。
兄の背を息弾ませて追ふ冬日 斎藤よし子
大好きな小四の兄を「お兄ちゃん!」と叫びながら追う小二の弟。冬の冷たい風を浴びると遠い日の孫の白い息を思い起こします。
時報塔百年刻む秋の暮 坂元百合子
私の住む東広島市志和町には大正時代の百年前から時を告げ続ける塔がいまも時報を鳴らしています。登録有形文化財の時報塔です。
すばらくは秋刀魚買はぬと新居なり 清水勝徳
初めて氷室に掲載いただいた句です。引っ越し一年目は食べたい物をいろいろ我慢しています。この生活いつまで続くことやら…
まだまだ続く、皆様の力作。
乞うご期待。