「氷室」誌 2026年3月号より
400回記念 「私の一句自註」
父逝きて遺愛の菊も絶えてをり 立石律子
俳句のことは分からぬまま氷室に誘われ、暫くの後、前年に亡くなった父のことを詠んだ句が私の最初の一句となりました。
人型の石にうするる炎暑かな 田中白秋
人型は人影の焼きついた石で、広島平和記念資料館にあります。炎天下の広島で思わず暑さを忘れてしまった衝撃を句にしました。
故郷や今も昔も鰡の群 田中 勝
俳句は人生の絵日記となっています。氷室への投句で一字の添削に命が宿ることを学び、感謝で胸がいっぱいです。
東雲の里にふんはり初桜 田辺美千代
明け方、裏山の木に真綿のような白い物が引っ掛かっていました。不思議に思い近づいてみるとそれは桜で早くも咲き始めました。
阿弖流為と母禮の碑青時雨 谷口文子
近くの清水寺へ朝のお参りに行くことがある。境内の阿弖流為と母禮の碑が青時雨に濡れていた。二人の気持が現れているように。
うりずんや五体くすぐる草の風 嘉津山 典
「うりずん」は、沖縄の梅雨入り前の最も過ごしやすい初夏のころです。穏やかで爽やかな風を全身で受けた印象を表現しました。
隣人のかくもゐたるか溝浚へ 富沢壽勇
教員住宅に居住時、毎年側溝清掃は広域の自治会単位で行い、普段接触のなかったご近所の人々と共同作業する機会となりました。
許し得ず八十年や原爆忌 友永基美子
三度許すまじ原爆を!この思い強く、語部として語り、俳句で詠み文章で訴え、原爆の絵を描き続ける日々。世界に平和を!
ゆうらると七節ゆれて一歩また 中島冬子
ある日珍客がありました。七節です。出て行くこともなくじっくり、間近に観ることができ、虫好きには至福の二日間でした。
年縞に古富士の灰や天高し 丹羽康夫
吟行で訪れた年縞博物館にて古富士の火山灰(1950年基準で43713±300年前)を見つけ大興奮、噴火ははたして秋?
お降のしみゆく能登の土赤し 福江ちえり
令和五年元日の大地震より一年、傷ついた大地へ静かな雨が降って、穏やかな時を取り戻すかのように赤土を潤していました。
日焼けして足に馴染みの島草履 福地義雄
島草履は軽く履きやすいので好んで履いている。そのせいで足にも馴染むが、夏には、くっきりと鼻緒の形が日焼してのこる。
9・11跡に雪降る霏々と降る 福のり子
零下十五度の跡地を訪れる。その圧倒的静寂と浄化の白さを、「霏々と」に託し、鎮魂の祈りを込めて詠みました。
湖に出てまづはいつもの寒鴉 藤原京子
初心者の吟行、琵琶湖の湖岸での一句。金久美智子主宰が下さったお言葉が「玄人句ですよ」でした。素直に笑顔になりました。
わが咎の記憶や甘き沈丁花 牧田満知子
俳句を始めて二年経った頃の句。まだ怖いもの知らずで心情を二つの要素で構成した。大胆な表現が今でも好きな一句である。
父に手を添へし小春の堤かな 三原真紀子
暖かな冬の午後、車椅子の父と堤を散歩しました。父の手は白く冷たかったけれど、過ごした時間は小春日和の様な温かさでした。
捩花や子に逆らはず従はず 森 幸子
捩れながらも真っすぐに咲くピンクの花、子といえども時代のずれがあり、ありがとうと云いつつわがままに生きています。
夕月や原生林に獣の目 柳堀悦子
秋八ヶ岳の次女宅を訪ね夕方散歩中小熊二頭に遭遇、鈴の音に原生林へ消えた後の森からの不気味な気配を感じ、逃げ帰りました。
以上が同人の皆様の作品でした。
続いては、会員の皆様の自註です。
乞うご期待!