10月3日に母が他界しました。

 

64歳でした。

 

9月の下旬頃、自宅そばで農作業中に頭部をぶつけて、ヘリで福岡の病院まで搬送され手術を受けましたが、一度も意識を取り戻すことなく亡くなりました。

 

父から連絡を受けて、福岡市内の病院へ会いに行ったときは、人工呼吸器や沢山のチューブがつながれた母をみて「もうだめだ」と瞬時に判断しました。

 

最後に会ったのは2月頃、電話で話したのは、倒れる1週間ほど前だったでしょうか。

 

万年反抗期な私は、母から連絡があると常にけんか腰で話すので、最後の会話もそんな感じでした。

 

母が倒れてから葬儀が終わるまで、声をあげて泣いたことは…1回あったかなぁ。

 

最初に福岡の病院へ行って帰ってきた夜かな。

 

お布団の中で「これからいい娘になるから、お母さんをなおしてください」と神様やら天国のじいちゃんとかばあちゃんだとかにお願いしました。

 

息をひきとってから、お棺の中に入れられた母は、キレイにお化粧をしてもらって、(手術で頭を剃られたので)美容師の伯母にウィッグをつけてもらって、寝ているようでした。

 

火葬されて骨になったところを見ても、いまいち母はいないという実感がなく、今でもそんな感じです。

 

 

父は…というと、母が倒れた時から妙にテンションが高く、葬儀の前後も落ち着きがなくって、色んな采配がうまくできずに正直、大丈夫かな?という感じです。

 

当初、四九日法要の時に納骨する予定でしたが、今後の土曜日に納骨をするということで、また日帰りで帰省します。

 

今は、大阪の伯母夫婦が実家に居てくれているのでありがたいのですが、一人になったあとは、気を付けておかないといけない感じです。

とりかえず、スカイプの設定をしなくては。

 

葬儀等で義母には送迎とか色々お世話になってはいるのですが、義母もことちゃんに会えるのが嬉しいらしく、ウキウキしていて、それは母が亡くなったからなんだよな…と思うと複雑な気持ちです。

 

学校が休みの時は、今までみこさんだけ義母宅に行かせたりもしていましたが、今後は、その時間は減らして、なるべく子どもたちと父のそばに居ようと思っています。

 

そんな感じですが、私は元気です。