いろいろな作品のネタバレが含まれるので、これ以降は納得の上読まれたし。

年をとると物忘れがひどくなるというのは、まあ当たり前のことだ。
残念ながらわしの場合にもそれは当てはまる。

図書館で五冊ほど借りてくると、その中に必ずといっていいほど既読のものが含まれておる。
読み始めるまで気づかない。
冒頭で気づけばいいほうで、中には半ばまで進んでやっと、「これは前に読んだことがある」という気がしてくるものまである。
作品名はもう忘れたが、二度目はおろか、三度目だったものまである。

しかし時には、これははたして全部わしだけのせいだろうか?などと思い直したりもする。
印象にまったく残らない本を濫造している作者のほうに問題はないのか?などと責任を転嫁してみる。


ここ数年のうちに読んだ中でも、くっきりとした印象を残しているものだってあるのだ。

優秀で魅力的な女性ホテルウーマンが出てくる「マスカレードホテル」、オートバイをかっ飛ばすおばあさんに唖然とさせられる「伽羅の橋」、写楽の謎を明快な推理で解き明かし、その意外性にうならされた「写楽 閉じた国の幻」、博覧強記に圧倒される「図書館の魔女」などなど。

タイトルの「ドラゴンフライ」もそんな忘れがたい一作

迷い込んだ山道に現れる東京の自宅、絶滅した巨大トンボを目撃する子供たち、盲目の少女の枕元に現れる幽霊、すべての不思議な出来事が見事な伏線となって不可解な殺人事件の真相につながっていく。

ふふふ、見てくれ、物忘れの激しい爺だろうと、一回読んだだけでこれほどはっきりと物語の輪郭を描けるのだ。
こういう作品なら二度と忘れることはない。

ついでにいうなら、はみ出し捜査班の刑事それぞれのキャラもよく立っていて、楽しく読める。
この手のちょっと甘い人物造詣に批判的な向きもあるかもしれないが、個人的な趣味でいえば、あまり深刻ぶったものよりこういうのが好きじゃ。










今年の九月からギター個人レッスンに通っておる。

ギター歴は長いのだが、本格的に習ったことなどなくて、ど下手な素人芸、あまりに情けないので一念発起、ヤマハに申し込んだ。

一応弾けるということで中級からの受講となったが、基本ができていないのでその矯正がなかなか容易ではない。

ギターの抱え方、左手の運指、ピックの持ち方・振り方、すべてにおいて目からうろこ状態。

マンツーマンの先生によれば、中級卒業レベルを仮に10とすると、左手は8、右手は2だそうだ。

基本練習としては、テンポ120での16分音符、盤の上から下まで連続弾きを目指す。
これが全くできない。テンポ90でも苦しい。

ピックを速く振れないので、16分音符連発のソロには大苦戦。

練習曲は70年代・80年代ロックが中心。
Toto、Eagles、Doobie などなじみの曲が多いのが楽しい。

「China Grove」などという曲は聴いているときはあまり好きではなかったのだが、やってみると結構面白い。
たまにこういう曲があるね。

この前家で練習していたら、フレッツ光の営業の兄ちゃんがやってきて、「今のホワイトスネークですよね。僕も高校時代にコピーしたんですよ。」などと言っておった。
ははは、グループ名まではよく知らなかったのだが。

鬼に笑われることを覚悟で、来年中には中級卒業目標じゃ。











今はネットで何でも調べられる時代だから、一見それらしい情報満載の小説もある。
よくわからない専門用語がバンバン出てきて、読んでいてもうっとうしくなるような類だ。

この小説にも、言語学、流体力学、都市構造、政治学などかなり専門的な話がいろいろと登場するが、そういった量産型作品とは大ききく一線を画している。

著者がすべてを理解した上で書いているのできわめてわかりやすく、しかも物語の構造と密接に絡み合っている。

こんな小説は付け焼刃の知識でとても書けるものではない。
かなり長い年月にわたる専門的な努力なしには、ここまでの内容を書き込むのは無理だろう。

架空の世界が舞台ではあるが、舞台装置が細かく具体的に書き込まれているので御伽噺のようでありながら、リアリティの密度は高い。

最初はただの知的遊戯にこだわった小説なのかなと思ったが、とんでもない。

シャーロック・ホームズ的推理がただ単なるお遊びではなく、政治上の駆け引き・陰謀と策略へとつながり、あたかも三国志演義に登場する諸葛孔明のような才知の極点を示す。

それに加えて、特に後半部に現れる危機また危機の連続、そしてそれを乗り越えていく展開にしても、ありきたりの冒険活劇の域をはるかに超えている。

いろいろな要素を詰め込みながら、それらが意味もなく散逸することはなく、緊密な構成に生かされている。

傑作である。