ばたばたしていて延期していた

9ヶ月検診にいってきました。

 

9ヶ月検診では、採血とインボディ(体重・身長・体脂肪率・筋肉量など)のみで
採血がありませんでした。
 
先生との面談のとき
栄養指導・運動指導やりますかきかれました。
 
栄養指導・運動指導もないのか..
 
でもサプリを買いたいので
指導はしてもらうことにしました。
 
ただ9ヶ月目検診は、
過去3回の検診よりライトだったのですが、
1年目検診ではCTと胃カメラの検査があるそうです。
 
あと
やはりこのご時世なのか
患者会がありませんでした。
 
前回は出るか出ないかきかれたのですが
今回は一切聞かれませんでした。
 
栄養指導・運動指導の待機場所も
長机に1名づつすわっていて
7月になっても
ソーシャルディスタンスも厳し目。
 
患者会にでる人は
減量の成功率がたかいという話だったので
ちょっとでたかったけど..
 
 
計測した体重は98キロ。
医師の面談では
もうすこし落ちると思う
といってくれました。
 
ここ1週間体重変動がなかったので
もうおわりかな..
とおもっていたのですが
信じてみようかな..
 
 
p.s.
父の食道がんの話をしたのですが、
食道がんは遺伝の可能性は高くないが
気になる場合は胃カメラを定期的にのむとよいとのこと。
 
ただ私の手術はスリーブ術ではなく
ルーワイ胃バイパス術なので
食事の通らない胃側のがんは
胃カメラではわからない。
 
これがルーワイ胃バイパス術のリスク。
 
たぶん
このあたり検査するにはPETとかをやらないと難しいのだとおもう。
 
ただ..
PETは10万円くらいするんだよなあ..
#もっと高いところもある
 
毎年受けられる検査じゃ..ないんだよなあ..
 
 

術後38週目の記事はかけませんでした。

理由は父が他界したためです。

 

 

自分は小学2年生から太り始めました。

 

最初は肥満度(昔の指標)20%を超えるくらいだったのが

小学高学年や中学、高校、大学受験のストレスで

右肩上がり。

 

大学生のときに100キロをこえ、

社会人になってものびはかわらず

絶頂期は168キロ、

そのあと実ははかることじたいやめていたので

おそらく170キロもこえていたころがあったとおもう。

 

毎年年末年始に実家に帰ると

両親はいつも「痩せろ」の説教大会。

 

いつも2日に戻るのだけど、

箱根駅伝のTV中継をバックに

帰省時の最後の説教をうけるのが

いつもの習慣になってしまった。

 

両親のいうことは”正論”だけど

それができない人もいるのだ。

 

帰省以外はよりつかなくなり

だんだん実家との距離が遠くなっていた。

 

 

昨年9月に痩せる手術を受け

そのあとの年末年始では

135キロ。

 

前回帰省時がたぶん156キロ程度、

手術前が150.6キロだったので、

見た目ではすこししかわからない程度の

痩せかただった。

 

それでも

説教大会はかなり少なめにはなってホッとしていた。

 

6月中旬に母親から電話があり

医者が父はあと1ヶ月の命といわれ入院した

とのことであわてて実家に帰った。

 

その時に書いたのが前回の記事だ。

他人に父の病状を書いても

いやがられるだけかなとおもい

書くのは避けていたが、

実は

父は5月に手術が困難な箇所である食道がんがみつかって

病院と今後の治療について相談するよていだったのだが

6月上旬に自宅でこけて背骨を骨折していたのだ。

 

本来は手術するレベルだったのだが

高齢であること

すでに食道がんだけでなく大腸にもちいさながんがみつかっていて

こちらの手術もできない状況。

 

お見舞いに行くと

病室で父がうんうんうなっていた。

 

あたりまえだ

背骨が折れたまんまで

コルセットをつけるだけでも

激痛が走るらしい。

 

そのときは個室だったが

どうも最初6人部屋だったのだけど

夜中じゅう「いたい~、いたい~」と

小声で唸っていたらしく

他の方の迷惑になるからと

優先して個室をつかわせてもらえるようになったとのこと。

 

それでも

その時はまだ意識もはっきりしていて

面会した人が誰なのかもわかっていた。

 

そのとき自分の体重103キロ。

 

背骨の痛みで

つらそうにしている父が

私を見て笑った。

 

そのときいってくれた

「痩せたな」というセリフも

ふにゃふにゃしていて

かなり聞き取りづらい病状。

 

 

その時は長居しても

コロナ騒ぎでお見舞いは5分に制限されていたので、

一旦帰宅した。

 

その後数日して

母から危ないので戻ってこいとの電話。

 

あわててかけつけると

父は一般病棟ではなく

緩和ケア病棟という

治療をせずに痛みをとるだけの病棟へうつっていた。

 

すでにモルヒネ投与がはじまっており

父はかなりもうろうとしている状態。

挨拶をすると、

そのときもニコッとわらってくれた

と母はいっていたが

自分はよくわからなかった。

 

自分が到着してから

痛みを緩和するステロイド剤を増量した。

最後の面会まで緩和ケアを抑えていてくれたのだ。

私との面会直後から痛みをとる処方を本格的に開始、

その翌日深夜に父は他界した。

 

ばたばたと

葬儀を済ませ

ようやく自宅に戻り

しばらくのっていなかった

体重計にのると

98キロ。

 

もしかしたら最期の父に

100キロアンダーの体をみせることができたのかもしれない。

 

葬儀後母が

「あいつは今何キロだ」

とよくいっていたときいた。

 

朦朧としていたので

痩せる手術が

父親孝行になっていたのかは

わからないが、

そうあっていてほしいと思った。

 

超デブでないと

共感できない

話をします。

 

先週じつは父が骨折で入院した。

 

父は年も年であるし、

母親もだいぶ弱気になっている

というので、

病院へ見舞いにいくため

先週末急遽飛行機に乗った。

 

長距離移動の際は

隣の人がいやがらないように

新幹線だったらグリーンをつかっていた。

 

そして

できるだけ飛行機を使わなかった。

 

飛行機はスーパーシートをつかっていたが、

近年ファーストに置き換わったので

そのころから飛行機にはのっていない。

 

デブでない人はわからないと思うが

百貫でぶが飛行機に乗ると

CAさんにお願いしてあるものを借りなくてはならない。

 

そう

 

シートベルトの延長ケーブル

 

だ。

 

ちなみに海外旅行の場合は

 

extra sheatbelt

 

といえば持ってきてくれる。

 

これを頼むと

CAさんがわざわざもってきてくれるが、

そのときの注目ははんぱないのだ。

 

だれもが

あああのデブは

標準のシートベルトじゃ

長さが足りないのか..

と思われてるんだろうなあ..

 

という引け目もあることから

飛行機での移動を

自然と避けるようになっていた。

 

そこにファーストショックがあり

全く乗らなかったのだ。

 

それは九州への出張も

わざわざ東海道・山陽・九州新幹線経由で

往復するほどに。

 

 

でも

今回はいけるんじゃないか..

 

 

と、

乗ってみた。

 

ファーストではなく

一般のシートを予約した。

 

そもそもファーストは

予約時

ひとつも

空いてなかったけど。

 

今回はドキドキだったけど

まあ

親のため

不要不急の用事でもないし

だれに

いいわけしているのかわからないけど

一般シートに

座った。

 

..おお

 

ぎりぎりだけど

 

標準のシートベルトでも

はまったよ..

 

むっちゃ

うれしかった。

 

だんだん

一般常識の範疇に入る

ふつうのデブ

にもどってきたよ..

 

これからの移動の選択肢に

飛行機も

躊躇なく

えらべるぞ!

 

 

超デブでないと

共感できないでしょ。

 

 

p.s.

今回の経験則から、

ちなみに標準のシートベルトの上限は

おそらく110キロあたりだとおもう。

 

これはお腹周りの脂肪の付き方で

誤差はでてくるかもしれないけど..

 

 

p.s.2

 

ちなみに

東京・大阪間のANAに乗ったが

報道されていた

ひとつとびの乗車ではなく

全座席に人が乗ってました

 

なんで

飛行機はフル乗車に戻りましたよって

報道しないんだろう..

 

きっと

そうしたら

乗りたがらなくなるからっていう

どことなく

忖度

はたらいているのかもしれない...