娘が来年は15歳になる。
あの時、母のお腹の中には娘がいた。
前々日から風邪を引いたらしく、お薬も飲めなかったりしたので
母はお昼間に寝たりしていた。
あの地震が来たときには、睡眠がたっぷり取れていた母は、起きてた。
どこからともなく、「ごぉーーーーーっ」と言う音が聞こえ、
「ん? 何だろう?」と思った。
その音が段々と近づいてくる。
まるで、大型のトラックがかなりのスピードで暴走しているかの様な音。
「ドンっ!!!」
あ、どこかにトラックがぶつかったんだ!!!
そんな感じだった。
それだけ感じるだけの余裕があって、時間があったのだと思う。
すると、ガタガタガタガタ・・・・
横揺れが始まり、段々とその揺れが激しくなっていく。
最後には、もうジェットコースターに乗せてられ、揺られている様な感じ。
夢なのか、現実なのか・・・
一瞬、何が起こったのかすらわからず、揺れが収まったときには呆然とした。
「今のは地震?」
そう思ったのは、揺れが収まってしばらくしてからのこと。
部屋の中は薄暗く、電気も付かない。
仕方なく、懐中電灯で照らしながら、家の中を歩く。
とにかく、1階まで降りてみよう。と。
1階に降りる手前の息子達の部屋。
幸いにも、家具もベッドもそれほど移動しておらず、息子達はベッドの中で寝てる。
寒いし、このまま寝かせておこう。
1階に降りる。 キッチンに行くと、そこはもう割れた食器で床は歩けない。
電気が付かないので、当時何だかの景品でもらった
電池式のテレビを付けてみた。
あまりきちんと写らないテレビだったけれど、
どこかで地震が起きたと放送してる。
どこかで・・・って、ここだけど?
隣に住んでいた父と母の様子を見に行くと、
母がすごい地震だったねぇ・・・と言っていた。
キッチンはやはりすごいことに。
家に戻り、キッチンの片付けをする。
食器棚から落ちたけど、割れていない食器もいくつかあった。
しかし、破片がついていたりするだろうと、
水で洗ったりした。 後で思えば・・・
水道管に残っていた水が出ただけだったのだけど・・・。
ダスキンで割れた食器の片付けをして、何とか歩ける。
リビングにも食器があったけど、重たい家具に重たい本が詰め込まれていた家具の一部に
食器が入っていたからか、その家具自体はさほど動いてなかったので無事だった。
地震が起きてから、何度か小さい揺れを感じたりしたけど、
とにかく大丈夫そう。
そして、それから数時間。
やっと電気が通じた。
テレビを付ける。 いつものテレビ番組はこの地震のことで大騒ぎになっていた。
あの阪神高速が途中から落ちた???
新幹線の高架も落ちた???
どうなってるの?
最初に思ったのは、「どうして? どうなってるの?」だった。
新幹線の高架が落ちた場所からほど近いところにいる友達に電話をしてみた。
家からの電話は通じない。
母は携帯電話を持っていたので、それでかけてみる。
携帯電話は通じて、彼女が出た。
「大丈夫?」お互いに安否がわかってホッとした。
日が昇り、外を見ると、いつもと変わりない様に見える。
宝塚はそれでも幸いにも地震の被害が比較的少なかった。
母の家は、ガスの床暖房が入っていたのだけど、
ガスは復旧せず・・・
ご近所の方が、お腹の大きい母を気遣って、
ホットカーペットと電気ストーブを持って来て下さる。
が・・・
これだけ付けるとヒューズが飛ぶんだよ・・・。
テレビで、地震の惨状を見る。
宝塚でも阪急電車が脱線していた。
高架上での脱線。 よく落ちなかったもんだ。
次第にどこが震源地で・・・という情報が入ってきて、
震度が7だとか言ってる。
震度7とか言われても、体感したこともない震度で、よくわかんない。
その日は、ストックしていたペットボトルの水で、
ストックしていたカップヌードルで一日を過ごす。
それからは・・・
電気は来たけど、水道とガスは来ず、
毎日、お腹を抱えて、大量のタッパーやバケツを持って水道局に水を汲みに行った。
ご近所の分も含めて・・・(ご近所、お年寄りが多くて・・・)
その間、息子達はご近所や父か母が見てくれていて・・・。
そろそろ食べる物も尽きてきて、久しぶりにスーパーに行ってみた。
が・・・開いているスーパーだが、売ってる物がない。
棚には、どう考えても長時間煮なければ食べられないよという乾物くらいしかない。
ガスが来ないので、調理するのは
卓上のIHコンロ。
しかも、リビングではヒューズが飛ぶので、洗面所で・・・。
もちろん、お風呂も入れない。
トイレも毎回流せない。
そんなこんなで・・・
父の会社の方々が、大阪から食料を運んで来てくれた。
ご近所にも配って、何とか食べることは出来そう。
お米もほとんど研がず炊く。 できたご飯でおにぎりは作れる。
そんな日々が続く。
そして、地震から1週間ほどが経ち、
水道・ガスが来ないまま、何とか生活していた頃、
父が倒れた。
病院に運ぶ。 検査で入院とのことだった。
個室は満室、4人部屋には10人ほどの患者が寝てる。
そんなところで、父は入院する。
検査の結果はガンだった。
余命1ヶ月。と告げられた。
「何で???」
倒れる前日まで元気だったのですが・・・。
「これが最後の帰宅となるでしょう」と言われた週末、
父を連れ帰る。 金曜日から月曜日の朝まで。
金曜日に歩いていた父は月曜日には自分で歩けなくなり・・・
抱えるようにして病院に連れて行く。
病状が病状なので、月曜日に行くと、
個室が用意されていた。
父は個室に入院することになった。
